今回は『出雲祝神社』へ参拝してきました。

出雲祝神社(いずもいわいじんじゃ)は埼玉県入間市に鎮座されます神社です。


主祭神は天穂日命(あめのほひのみこと)、天夷鳥命(あめのひなとりのみこと)、兄多毛比命(えたもひのみこと)の3柱です。

出雲祝神社(いずもいわいじんじゃ)という名前から、出雲大社(いづもおおやしろ)の御祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)が主祭神だと思っていました。

 

天穂日命(あめのほひのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのをのみこと)の誓約で生まれた五男神の一柱で、出雲国造(いずものくにのみやつこ)や土師氏(はじうじ)の祖神とされる神様です。

天穂日命(あめのほひのみこと)は『記紀』の国譲り神話で、高天原から出雲へ「国譲り」の交渉に派遣された最初の使者です。

 

しかし大国主命(おおくにぬしのみこと)を説得するうちに心服して地上に住み着き、3年間高天原に戻りませんでした。

その地で祭祀を司ったため、縁結び、農耕、産業振興の神として信仰されています。


任務を遂行しなかったというのは『古事記』や『日本書紀』による記述で『出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかんよごと)』では異なる記述になっています。

天穂日命(あめのほひのみこと)は地上の悪神を鎮めるために地上に遣わされ、地上の様子を天照大御神(あまてらすおおみかみ)にきちんと報告したそうです。


天穂日命(あめのほひのみこと)の子である天夷鳥命(あまのひなどりのみこと)と剣の神である経津主神(ふつぬしのかみ)と共に地上を平定した英雄として讃えられています。

ただ『出雲国造神賀詞』は天穂日命(あめのほひのみこと)の子孫である出雲国造が書いたものなので、そこは割り引かなければならないかもしれないそうです。

 

参道を進んで階段を登り二の鳥居を潜ると手水舎が左側にありました。

出雲祝神社は左側通行かもしれませんね。

 

右側には立派な神楽殿がありました。

今回も無事にお参りに来れた事の、感謝の気持ちを伝えました✨️

 

御祭神である天夷鳥命(あめのひなとりのみこと)は天穂日命(あめのほひのみこと)御子神です。

そして御祭神である兄多毛比命(えたもひのみこと)は古代の日本で成務天皇(せいむてんのう)の時代に初代の武蔵国造(无邪志国造)に任じられた出雲族の人物です。

 

大宮氷川神社(おおみやひかわじんじゃ)などを創建し、出雲神を武蔵国に祀って地域を開拓した祖神として知られています。 

社殿に向かって左側に護国神社(ごこくじんじゃ)が鎮座されます。

御祭神は高御魂命(たかみむすびのみこと)と合祀(ごうし)として護國の英靈です。

社殿に向かって右側には八雲神社(やくもじんじゃ)が鎮座されます。御祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。

 

さらに配祀神(はいししん)として菅原道真(すがわらのみちざね)、天照皇大神(あまてらすのおおかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、伊弉諾命(いざなぎのみこと)、伊弉冉命(いざなみのみこと)、倉稻魂命(うかのみたま)、大山祇命(おおやまつみ)、市杵嶋姫命(いつきしまひめのみこと)、速玉男命(はやたまのおのかみ)、事解之男命(ことさかのをのみこと)、大屋毘古命(おおやびこのかみ)です。

 

出雲祝神社は武蔵国入間郡の式内小社「出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)」の論社の1つなんだそうです。式内小社とは阿伎留神社(あきるじんじゃ)でもご紹介しました延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載された神社で一種の社格となっています。

 

出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)は埼玉県入間郡に鎮座されます。歴史ある出雲伊波比神社(いずもいわいじんじゃ)にも参拝に訪れたいと思います。

 

そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります乙女のトキメキ