今回は『阿伎留神社』へ参拝してきました。

阿伎留(あきる)神社は東京都あきる野市に鎮座されます神社です。

 

阿伎留(あきる)神社は延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう・しんめいちょう)武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社です。

延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)とは平安時代中期に完成した全50巻の法典なんだそうです。

 

その延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に記載された多摩郡の有力社は、多摩八座の筆頭とされる東京都あきる野市の阿伎留神社(あきるじんじゃ)、

東京都府中市の小野神社(おのじんじゃ)、東京都調布市の布多天神社(ふだてんじんじゃ)、東京都稲城市の大麻止乃豆乃天神社(おおまとのつのてんじんじゃ)、

 

東京都西多摩郡の阿豆佐味天神社(あずさみてんじんじゃ)、東京都稲城市の穴沢天神社(あなざわてんじんじゃ)、東京都調布市の虎柏神社(とらかしわじんじゃ)、

東京都調布市の青渭神社(あおいじんじゃ)の8つの由緒ある古社(式内社)です。

 

阿伎留(あきる)神社の御祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)、味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)、建夷鳥神(たけひなとりかみ)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)です。

今回も無事にお参りに来れた事の、感謝の気持ちを伝えました乙女のトキメキ

 

阿伎留(あきる)神社の鳥居をくぐって参道を進むと、正面に見えるのは神楽殿のような舞台でした。

正面に神楽殿を見ながら右側へ階段を上ると拝殿に辿り着けます。

 

拝殿の右側には大きな神輿澱がありました。

拝殿の左側に回り奥の本殿へ進みます。

 

御祭神である大物主神(おおものぬしのかみ)は『古事記』では坐御諸山上神(みもろのやまのうえにますかみ)、美和之大物主神(みわのおおものぬしのかみ)、意富美和之大神(おおみわのおおかみ)とも記します。

『日本書紀』では大三輪之神(おおみわのかみ)、大三輪神(おおみわのかみ)とも記し、大己貴神(おおなむちのかみ)の幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)とするそうです。

 

大己貴神(おおなむちのかみ)とは『古事記』や『日本書紀』に登場する国津神の神様で、大国主神(おおくにぬしのかみ)若い頃の名前です。

幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)とは日本神話において神の霊魂が持つ「和魂(にぎみたま)」の二つの側面です。

 

幸魂(さきみたま)は豊かさをもたらす霊魂、奇魂(くしみたま)は不思議な徳を持つ霊魂。

阿伎留(あきる)神社の御祭神である御祭神は大物主神(おおものぬしのかみ)は、『日本書紀』では大国主神(おおくにぬしのかみ)の豊かさをもたらす霊魂そして不思議な徳を持つ霊魂であるという事なんですね。

 

『記紀』 の神話では大国主神(おおくにぬしのかみ)と共にに国造りを行っていた少名毘古那神(すくなびこなのかみ)が常世(とこよ)の国へ去ってしまいました。

大国主神(おおくにぬしのかみ)がこれからどうやってこの国を造って行けば良いのかと思い悩んでいた時に、海の向こうから光り輝く神が現れたのが大物主神(おおものぬしのかみ)です。

 

大物主神(おおものぬしのかみ)は「我を倭(やまと)の青垣の東の山の上に奉れ(たてまつれ)ば国造りはうまく行く」と言い、大国主神(おおくにぬしのかみ)は大物主神(おおものぬしのかみ)を祀る事で国造りを終えました。この山が三輪山とされるそうです。

大物主神(おおものぬしのかみ)が自身を奉れ(たてまつれ)ば国造りはうまく行くと言った「倭(やまと)の青垣」というのは、『古事記』で倭建命(やまとたける)が故郷を想った歌に登場する、山々に囲まれた奈良盆地の様子を表す表現なんだそうです。


大物主神(おおものぬしのかみ)を主祭神としてお祀りされている有名な神社といえば、兵庫県尼崎市に鎮座されます大物主神社や奈良県桜井市に鎮座されます大神神社(おおみわじんじゃ)を思い出します。いずれ参拝に訪れたいです。

さらに御祭神である味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は大国主神(おおくにぬしのかみ)と宗像三女神(むなかたさんじょしん)の多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)の間の子です。


味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)は大物主神(おおものぬしのかみ)と同じく国津神です。

宗像三女神(むなかたさんじょしん)というのは天照大御神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約(うけい)から生まれた、田心姫神(たごりひめ)、湍津姫神(たぎつひめ)、市杵島姫神(いちきしまひめ)の三姉妹の女神です。

 

さらに御祭神である建夷鳥神(たけひなとりかみ)は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのをのみこと)の誓約(うけい)で生まれた天之菩卑能命(あめのほひのみこと)の子です。

天之菩卑能命(あめのほひのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのをのみこと)が誓約(うけい)をしたときに生まれた五男三女神の一柱です。

 

さらに御祭神である天児屋根命(あめのこやねのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸に隠れた際に、祝詞を唱えて呼び戻す立役者となった言霊と祭祀の神さまです。

大物主神(おおものぬしのかみ)と味耜高彦根神(あじすきたかひこねのかみ)が国津神であるのに対し、建夷鳥神(たけひなとりかみ)と天児屋根命(あめのこやねのみこと)は天津神です。

 

拝殿の左側へ回り込んで本殿の裏側へ歩いて行くと末社にお参りする事ができます。

大鳥神社(おおとりじんじゃ)は日本武尊(やまとたけるのみこと)國常立尊(くにのとこたちのみこと)弟橘媛命(おとたちばなひめ)を御祭神としてお祀りしています。

 

若電神社(わからいじんじゃ)は別雷命(わかいかずちのみこと)を御祭神としてお祀りしています。

熊野神社(くまのじんじゃ)は速玉男命(はやたまのをみこと)伊弉冉命(いざなみのみこと)事解男命(ことさかのをみこと)を御祭神としてお祀りしています。

 

菅原神社(すがわらじんじゃ)は菅原道真公(すがわらのみちざねこう)を御祭神としてお祀りしています。

小川神社(おがわじんじゃ)は建御名方命(たけみなかたのみこと)を御祭神としてお祀りしています。

 

占方神社(うらかたじんじゃ)は櫛真智神(くしまちのかみ)を御祭神としてお祀りしています。

倭建命神社(やまとたけるのみことじんじゃ)は日本武尊(やまとたけるのみこと)を御祭神としてお祀りしています。

 

日枝神社(ひえじんじゃ)は大山咋神(おおやまくいのかみ)を御祭神としてお祀りしています。

白光稲荷神社(いなりじんじゃ)は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)を御祭神としてお祀りしています。

 

阿伎留(あきる)神社の末社はまだまだご紹介しきれません。伊多弓神社、松尾神社、平野神社、庭津日神社、国造社、松原稲荷神社、福徳稲荷神社などです。

 

阿伎留(あきる)神社は延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社ですが、Wikipediaにはページがあるのに公式ホームページがないのが残念でした。

 

地名の由来にもなった「あきる」は、水田の畔(あぜ)を切って水を引き込んだ「畔切(あぜきり)」の転訛(てんか)であると考えられていて、この地域の開拓・開発に深く関わる神社なんだそうです。

 

そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります乙女のトキメキ