今回は『田無神社』へ参拝してきました。
田無神社は東京都西東京市田無町に鎮座されます神社です。
とても有名な神社なので、とても多くの参拝者で混雑していました。
Xのポストを確認したら「今年の干支が辰だから」のようです。
これは田無神社には五行思想(ごぎょうしそう)に基づいて、五龍神がお祀りされているからなんですね。
田無神社の主祭神は、尉殿大権現(じょうどのたいごんげん)」と呼ばれる、級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)です。
級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)は、『古事記』では伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)の間に生まれた神であり、風の神とされています。
『日本書紀』では伊邪那美命(いざなみのみこと)が朝霧を吹き払った息から級戸辺命(しなとべのみこと)が生まれ風の神であると記述され、級戸辺命(しなとべのみこと)は級津彦命(しなつひこのみこと)という別名を持つそうです。
さらに調べた中では、級津彦命(しなつひこのみこと)は『古事記』の呼ばれ方で、級戸辺命(しなとべのみこと)は『日本書紀』の呼ばれ方のようでもあるそうです。
ただ田無神社の公式ホームページには、級津彦命(しなつひこのみこと)と級戸辺命(しなとべのみこと)が同一神であるとの説明はありませんでした。
級津彦命(しなつひこのみこと)と級戸辺命(しなとべのみこと)を二柱(ふたはしら)と説明記載している事から、それぞれ別々の神様であるという事なんですね。
現在は五行思想に基づき、本殿に級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)として金龍、境内各所に黒龍、白龍神、赤龍、青龍を配祀し五龍神として信仰されているそうです。
第一の鳥居を潜って階段を登ると、すぐ右手に行列ができていました。
その行列は赤龍神でした。五行説において夏を象徴する南方の守護神だそうで、人生における灯火の様な先見の明を与えてくれるそうです。
参道の入り口にもう赤龍神の行列だったので、田無神社の正しい参拝順路だったのか心配になりました。
第二の鳥居も潜らず、手水舎で手水も取っていなかったので気になりましたが、赤龍神の行列に並んで参拝しました。
赤龍神は参道の右側でしたが、すぐに左側に白龍神がお祀りされていました。白龍神は五行説において秋を象徴する西方の守護神で、鉱脈を掘り出す様に豊かな収穫へと導いてくれるそうです。
手水舎で手水を取りました。手水舎は白龍の水と紹介されていていました。参道の右側に手水舎があったので、田無神社は右側通行かもしれません。
参道の左側の白龍神の並びには賀陽家屋敷稲荷神社も鎮座されていました。そして参集殿には九頭龍が展示されていました。
さらに龍神池があり、拝殿へ辿り着く前に見どころ満載です。そして田無神社の拝殿へお参りです。本殿とあわせて、東京都指定文化財に登録されているそうです。
今回も無事にお参りに来れた事の、感謝の気持ちを伝えました
本殿には金龍神として主祭神である級津彦命(しなつひこのみこと)・級戸辺命(しなとべのみこと)、大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られています。
大国主命(おおくにぬしのみこと)は出雲大社(いづもおおやしろ)の神様で、神話である”国譲り”や”因幡の白兎”で有名な心優しい神様です。
そしてさらに八衢比古神(やちまたひこのかみ)・八衢比売神(やちまたひめのかみ)、須佐之男命(すさのおのみこと)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、應神天皇(おうじんてんのう)、猿田彦命(さるたひこのみこと)がお祀りされています。
八衢比古神(やちまたひこのかみ)は八衢比売命(やちまたひめのみこと)とご夫婦の神様で『古事記』『日本書紀』には登場されない、とても古い民間信仰の神様なんだそうです。
須佐之男命(すさのおのみこと)は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟です。田無神社の公式ホームページの本殿で紹介されている須佐之男命(すさのおのみこと)の表記は『古事記』のもののようです。
拝殿の左側に鎮座されます津島神社の御祭神の紹介では素戔嗚尊(すさのおのみこと)と紹介され、こちらは『日本書紀』の表記のようですね。素戔嗚尊(すさのおのみこと)は乱暴な行動が多かったため高天原(たかまがはら)から追放されてしまいました。
天上界から追放されてしまった出雲の国では、八つの頭を持つ大蛇八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した勇敢な神様なんです。食稲魂命(うかのみたまのみこと)は稲荷神社で祀られる神様で「お稲荷さん」と呼ばれ親しまれています。
食稲魂命(うかのみたまのみこと)は『日本書紀』では伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉册尊(いざなみのみこと)の子であり『古事記』では須佐之男命(すさのおのみこと)と大市姫命(おおいちひめのみこと)の子なんだそうです。
應神天皇(おうじんてんのう)は第15代天皇である応神天皇(おうじんてんのう)の旧字体です。別名として誉田別命(ほんだわけのみこと)ですね。猿田彦命(さるたひこのみこと)は天孫降臨(てんそんこうりん)の際に、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を高千穂(たかちほ)へと導いたとても有名な道案内の神様です。
猿田彦命(さるたひこのみこと)は道案内をした言い伝えから「みちひらきの大神」と呼ばれ、導きのご神徳・交通、旅の安全・悪霊防禦・夫婦和合等のご利益があるそうです。
旧青梅街道と所沢街道の分岐点へと続く東参道の場所には撫龍がありました。
津島神社の左側には立派な舞殿がありました。節分祭や例大祭、酉の市などで奉納演芸を行う際に用いられているそうです。さらに舞殿のその左側には弁天社が鎮座されていました。弁天社には須勢理比売命(すせりひめのみこと)がお祀りされています。
本殿にお祀りされている大国主命(おおくにぬしのみこと)の妻神であり、津島神社にお祀りされている素戔嗚尊(すさのおのみこと)の娘神です。また大国主命(おおくにぬしのみこと)は七福神における大黒天と同一視されます。田無神社では本来は市杵島姫命と同一視される弁財天が須勢理比売命とされる特殊な信仰形態を持つそうです。金龍にあたる銀杏の御神木は見事でした。
境内を東側に向かうと社殿正面右手に大鵬土俵がありました。昭和の大横綱と呼ばれた故大鵬幸喜親方が、平成5年度の田無神社五穀豊穣祭を記念して開かれた土俵だそうです。
金色の鳥居を潜って階段を登ると、大黒様と恵比寿様の二柱がお祀りされていました。
大黒様は大国主命(おおくにぬしのみこと)と同一視される神様です。
恵比寿様は事代主神(ことしろぬしのかみ)とされることが多いですが、田無神社では少彦名命(すくなびこなのみこと)とされているそうです。

さらに境内を東側へ向かうと青龍神がお祀りされていました。五行説において春を象徴する東方の守護神です。春に新芽の出るように発展と成長を導いてくださるそうです。
そして最後に境内の北側の北参道へ向かうと、鳥居のそばに黒龍神がお祀りされていました。
五行説において、冬を象徴する北方の守護神だそうです。常に流れる水のように新鮮な空気を保ってくれるそうです。
この写真の拝殿の龍は木彫りの龍で、金龍神ではないそうです。
金龍神は本殿に祀られているので、一般にはお目にかかる事は出来ないそうでした。
今回初めて訪れた参拝では紹介しきれないほど、田無神社は見どころが満載な素敵な神社でした。多くの御祭神がお祀りされていますが、五行思想(ごぎょうしそう)に基づいてお祀りされている五龍神も人気なんだと知りました。特に今年2024年は辰年でもあるのでタイムリーなんですね。
そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります![]()




















