今回は『六所神社』へ参拝してきました。

六所神社は東京都世田谷区に鎮座されます神社です。

 

六所神社は天文年間(1532-1554)府中六所宮(現大国魂神社)の御分霊を勧請(かんじょう)して奉斎(ほうさい)したものと伝えられているそうです。

府中六所宮(現大国魂神社)とは、15Kmほど西に向かった東京都府中市に鎮座されます神社です。

 

更に明治42年(1909年)神明社を合祀(ごうし)したそうです。なので相殿(あいどの)が天照皇大神(あまてらすおおみかみ)なんですね。

御祭神は大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)。そして相殿(あいどの)は天照皇大神(あまてらすおおみかみ)。

 

更に小野大神(おののおおかみ)、小川大神(おがわのおおかみ)、氷川大神(ひかわのおおかみ)、秩父大神(ちちぶのおおかみ)、金佐奈大神(かなさなのおおかみ)、杉山大神(すぎやまのおおかみ)の六柱です。

手水舎は参道の右側にありました。給田六所神社は右側通行かもしれません。

 

参道の左側には大太鼓収納庫がありました。

大太鼓収納庫の左側は恐らく神楽殿ではないでしょうか。

 

扉が閉じられているステージのように見えますから神楽殿かな。

更に左隣りの大きな建物は社務所のようです。

 

給田六所神社の御祭神である大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)は、何度も頻繁にお参りに訪れている府中の大國魂神社の御祭神である事がとても興味深いです。

今回も無事にお参りに来れた事の、感謝の気持ちを伝えましたキラキラ

 

大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)は出雲大社(いづもおおやしろ)の大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)と御同神です。

大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)は『古事記』『日本書紀』で有名な神話”国譲り”のメインで登場する神様です。

 

”国譲り”は自分が最初に『記紀』に興味を持った神話でした。

大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)が治めていた豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)を天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御子に譲った経緯を語り伝えるものです。

 

東京都府中市に鎮座される大國魂神社へ足繁く参拝に訪れる自分にとって大変興味深く、神話とはいえ大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)に感情移入してしまいます。

こちらも有名な神話である”天孫降臨(てんそんこうりん)”へ繋がる大事なできごとであり、天皇家の日本列島支配の正当性を伝えているとも伝えられます。

 

そんな大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)と天照大御神(あまてらすおおみかみ)が一緒に祀られている事がとても興味深いと思えました。

”国譲り”とは大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)が治めていた豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)を、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が子孫に譲る内容の神話です。

 

あくまで個人的な感想ではありますが、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)にとって切ない話です。

大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)は「因幡の白兎」で有名な、心優しい神様ですからね。

 

兄たちにイジメられて、素盞嗚尊(すさのをのみこと)にも酷い仕打ちを受けます。

そして自らが治めていた豊葦原瑞穂国(とよあしはらのみずほのくに)を、天照大御神(あまてらすおおみかみ)が子孫に譲るんです。

 

子である建御名方命(たけみなかたのみこと)は天照大御神(あまてらすおおみかみ)が派遣した武甕槌命(たけみかづちのみこと)に追われ、諏訪湖まで逃れました。

国を譲る代わりに立派な出雲大社(いづもおおやしろ)を建てて貰ったとはいえ、神話”国譲り”はいつ思い出しても苦しくなってしまいます。だからこそ大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の御同神である大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)と、国を譲った天照大御神(あまてらすおおみかみ)が一緒に祀られている六所神社は特別な思いで訪れました。

 

そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります乙女のトキメキ