今回は日産フェアレディZのミニカーです。
写真は京商 1/43 Jコレクションシリーズ 日産フェアレディZ (Z33型)です。
とても想い出深いクルマで、尊敬するプロミュージシャンが乗られていました。

フェアレディZ (Z33型)のデビューは今でも記憶に残っています。その当時の記憶はテレビやネットではなく雑誌の記憶でした。
日本のスポーツカーが消えた後は、確かクルマ雑誌は定期的にスープラとフェアレディZの復活が記事になっていたような記憶です。

スープラやフェアレディZの情報が掲載されている表紙のクルマ雑誌をコンビニで見る度に雑誌を買っていました。
ミニバンの積載容量に関心がなかったスポーツカー好きに向けた戦略だったのかもしれません。それにまんまとハマって雑誌を買っていたんです。

確かトヨタは4500GTとのスクープが、レクサスLFAだったりしたのではなかったかな。
フェアレディZ (Z33型)の情報は北米でのイベントやテールレンズの写真だけが先行公開されたりしていました。

うまく写真に撮れていませんが3連メーターも再現されています。
国内でも正式に発売されてからのテレビCMは、歴代フェアレディZのシルエットを重ねるような演出だった気がします。
復活したフェアレディZ (Z33型)は新しい時代のスポーツカーのカタチを示したんだと思いました。
全日本GT選手権にも登場したペチャンコのZ33型も印象的でした。GT500クラスでシーズン優勝しました。この時のGT500クラスのA80型スープラが凄く好きでした。

Z33は2シーターのみの設定で趣味性の強い硬派なクルマでしたが、いつの時代もフェアレディZのデザインはファンを惹きつけます。2002年グッドデザイン賞を受賞しましたね。
日産は男らしいプリンススカイラインの流れと、貴婦人のダットサンフェアレディの流れの棲み分けがあるのかな。

先代のフェアレディZ (Z32型)は2000年に終了しました。その後フェアレディZ (Z33型)の開発の流れはあったようですが、カルロス・ゴーン氏の就任はフェアレディZ の復活に大きく影響したんですね。
北米で人気のZ(ズィー)カーは、プアマンズポルシェ(貧乏人のポルシェ)なんて言われましたが、それほど人気だったという事ですね。フェアレディZは間違いなく日本を代表するスポーツカーです![]()

