今回は『相原諏訪神社』へ参拝してきました。

相原諏訪神社は東京都町田市相原町に鎮座されます神社です。

 

1181年(養和元年) 3月23日 信州(長野県)下諏訪大社を丸山の地に勧請し、相原山大明神と称したのが始まりだそうです。

総本社はもちろん長野県諏訪市の諏訪大社です。

 

御祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)、天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)、安閑天皇(あんかんてんのう)、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、宇迦之魂命(うかのみたまのみこと)です。

相原諏訪神社の御祭神である建御名方命(たけみなかたのみこと)は、長野県の諏訪大社の御祭神でもあります。古事記の神話”国譲り”に登場する建御名方命(たけみなかたのみこと)は、とても気になる神様です。

 

『古事記』では建御名方命(たけみなかたのみこと)は大国主命(おおくにぬしのみこと)の息子として描かれます。

神話”国譲り”で天照大御神(あまてらすおおみかみ)から「地上の国の統治権を譲りなさい」と要求されます。建御名方命(たけみなかたのみこと)は最後まで頑固に抵抗したそうです。

 

建御名方命(たけみなかたのみこと)は剛力の持ち主で、高天原からの使者である武甕槌命(たけみかづちのみこと)に力比べを挑みます。これが相撲の始まりだと言われているそうです。

しかし建御名方命(たけみなかたのみこと)の手が氷柱や剣にされてひるんでしまい、出雲国から逃げ出して信濃国(長野県)の州羽(諏訪)の諏訪湖に逃れました。

 

父や兄の命に背かぬ事、そしてこの州羽の地から外に出ないで暮らすことを誓い国譲りに同意したそうです。それ以来諏訪湖の畔に隠棲されたそうです。

『古事記』は神話であり創作であるとはいえ、”国譲り”を考えるといつも苦しくなります。自分が勉強不足で、理解が足りないのだとも思っています。


大和朝廷と地方勢力の政治的な対立を反映した服従神話であり、武甕槌命(たけみかずちのみこと)の活躍を印象づける為の創作という説があるそうです。

建御名方命(たけみなかたのみこと)は『日本書紀』における国譲り神話『出雲風土記』などに記される出雲国伝承に一切登場しないそうです。

 

今回も無事にお参りに来れました事の感謝の気持ちを伝えましたキラキラ

相原諏訪神社には『夕焼け小焼け』の碑があります。

 

「夕焼け小焼け」の作詞者は中村雨紅(なかむらうこう)さんです。大正期の詩人・童謡作家なんだそうです。

Wikipediaでは中村雨紅(なかむらうこう)さんが恩方村から八王子駅までの通勤時、帰り道に見た夕焼け空に、幼い日の想い出や村の風景などを重ね合わせて描いた歌詞であったと書かれていました。

 

しかし中村雨紅(なかむらうこう)さんは大正6年(20 歳)から大正12年(26 歳)まで中村家の養子でした。

「夕焼け小焼け」の発表は大正8年(22 歳)ですから相原町に戸籍のある時なんだそうです。

 

「夕焼け小焼け」の舞台は、相原町であることが想定されるそうですよ。

長野県の諏訪大社へもまた参拝へ訪れたいと思っています。これまでも何度も参拝に訪れた事はありますが、四社まいりをした事がありません。

 

建御名方命(たけみなかたのみこと)をもっと深く知る為にも、長野県の諏訪大社の四社まいりをしてみたいです。

今回も気持ちのいい参拝ができました。

 

そして無事に帰宅できてブログに記録しています。この感謝の気持ちを伝える為に、またお礼に参ります乙女のトキメキ