てんざえもんの哀しき告白 -21ページ目
自慢話ではないが…。今日の夕食のおかずは鶏のむね肉を使ったチキンカツだ。時間的には揚げたてではないが、はっきりいって家内の料理の腕前はプロ級である。学生時代や、社会人になってからも食べたことのあるチキンカツにも負けていない。ちょっと自慢出来る一品なのである。衣がまた旨いのである。付け合わせは、キャベツの千切りときゅうりのスライスなのだが、市販のレモンドレッシングと相性が抜群だ。ぼくは、家内のレベルなら前回でも紹介したが、ケチャップライス同様、商売になると確信している。ただ残念なのだが家内は病身なので仕事にすることが難しいのである。ほんと旨いチキンカツ(定食)であった。


ぼくは、俗に言う、チキンライス、ハムライス、ケチャップライスがたまらないほど好きだ。小さい頃から食べている所謂おふくろの味ではない。大学に入って自炊するようになってから作り始めた。最初は、小さな冷蔵庫に入っていたハムと玉ねぎを、塩とコショウで炒め、大盛のごはんを加えて最後にケチャップで炒めて作っていた。その内喫茶店食べたピザトーストを思い出して、ピーマンを加えて作るようになった。その後、テレビで見た、生卵を上にのっける関西風になった。当時はそれほど執着するようなものではなかったが、いま、家内に作ってもらっているケチャップライスにはまっているのだ。関西風の生たまごをのせたやつだが、脇にちょっとポテトサラダなんかつけると、味がグレードアップするのだ!そして家内の味には、ちょっと工夫があるのだ。それがまたたまらなく美味いのである。まっ、オムライスにするという手もあるが、ぼくは、赤いケチャップの色が付いたそのごはんが、たまらなく食欲をそそるのだ。ウチの家内は、料理が上手だ!



おれは、いまの日本に絶望している。
そもそも、小沢一郎が、なぜ民主党にいるのか。どうしても理解出来ない。
東日本大震災は、わが国の国難である。自民党は、この国難に対し党利党略を捨て政権与党の民主党に協力すべきであった。自民の狂信的な民主攻撃は震災・原発事故を体験したものからすればあまりにも異常に感じる。おれはそれにまして異常に感じるのは、多くの国民がまた自民を支持しはじめたことだ。あの弱いものイジメの自民を支持する国民が増えることは、国民の人間的モラルの欠如を意味している。
最近なにかと話題にあがる生活保護のあり方に関しても、あるラジオの女性パーソナリティは、生活保護費を財源論で論じ、受給者には、コンビニなどの賞味期限の切れた弁当を支給すればよいなどと平然と主張している。
はっきりいって、この国は、弱肉強食的な野蛮な国へと向かっているのだ。 ニュースなどで首都直下型地震の危険性の報道を知ってか知らずかお構い無しに、渋谷の新規店の豪華ランチをむさぼる女性たちをテレビで見ると全くいまの日本の危機的状況などどうでもいい、関心ないわと言わんばっかりのムード。ランチをむさぼる彼女たちには、大震災などテレビの中の話なのであろう。
そして、いまの若者たちにも、絶望している。NHKでニッポンのジレンマという番組を見て思ったことは、彼等は、確かに情報処理能力は、おれなんかと比べものにならないくらいいいのに、その発言からは、古典的教養や思想が全くと言っていいほどないのである。古典の読書量が足りなすぎと思った。だから思想も育まれず理屈に偏っているのである。彼らに言いたい!ネットに頼るな、古典的教養を本から得よと。そして、哲学に目覚めよと。
テレビゲームなど捨てて、読書と思考に時間を使えと。

欲を言えば、二宮尊徳、論語・孟子を読んで、核心を掴み、それを国家に押し及ぼせ!


最近思ったことだが、岩波文庫から出ている史記列伝(1)を読むと、論語の中の孔子の発言の意味内容がより理解出来ることが分かった。残念なのは、文庫の文字が小さくて見づらい点だ。史記の著述者、司馬遷のコメントも参考になる。論語は、己を知ることと他人に対するあり方を教えてくれる良本だと思う。

ついでに、神のような存在者は、人がもがき苦しんでいる中で、それでも人が必死に生きようとしている姿を楽しんでご覧になってるように思うのだ。病気も含め災いはいやなものだが、ことわざにもあるが、人事を尽くして天命を待つのも、天命を知るということなのかもしれない。

わたしは、右翼や左翼ということばを再定義する必要を、最近感じるのであるが…。ズバリ右翼とは、利益の独占を主張する輩であり、左翼とは、利益をみんなで分かち合う考えの人びとである、と思うのだ。その意味で孟子もわたしも左翼である。尖閣諸島の購入を公言した石原は、その意味で右翼である。
わたしは、天皇を日本の伝統として尊重するが、天皇陛下バンザイ!と叫ぶ輩ではない。思うに、現陛下は、皇后陛下も含め儒教で説くところの仁を実践されてるように感じるのだ。