てんざえもんの哀しき告白 -15ページ目
どうやら、最近とんかつに目覚めてしまったらしい。以前だったら牛肉のステーキがテンションを上げていたがいまはとんかつだ。千切りキャベツ付きのとんかつがたまらなくてしょうがない!外食もいいが、家内の手作りとんかつもまたうまい!若い頃は、とんかつ屋に入ってもチキンかつ定食かきフライ定食そして圧倒的にハンバーグ定食を食べていたがいまはロースかつ定食が一番である。今夜も家内の調子が良ければとんかつである。豚肉安くて良かった!とんかつ 最高!


なんとなく、保守政治のやり方がわかってきた。経済の破綻は戦争によってリセットすればいいと思っているようだ。まさに破滅のスパイラルなのだ。集団的自衛権は、わが国を戦争に導きまた新たな大戦へと進む。そしてまた新たな戦後が現れ、新たな秩序のもとで再スタートすればいいと考えている。保守は戦争推進派なのである。対してサヨクは平和を重んじる。怖いな保守政治!!保守=右翼=戦争推進。サヨク=平和という図式が出来る。
おれは、無力なのか!日本の右傾化を阻止することが体力的に無理だ。自民や維新の勢力を阻止しないと大変なことになる!!弱い人たちの痛みを想像出来ない人たちが日本をダメにする。日本のカミは右翼の味方なのか!サヨクはひとの良心を信じる。



思うに、現在の日本人は日本を含め福沢諭吉の描いた日本になっていると思う。松永昌三著 福沢諭吉と中江兆民 を読み、インスパイアされて諭吉の 文明論之概略 なども読んで分かった。福沢の前では儒学は無力なのか?そうではないと思う。論語はいまだに読まれている。つまり現代人のこころに訴えるものがあるからである。それは人間の良心を覚醒させるのである。サヨク的思考~つまり、利益の分配を主張出来る人たちの思考を世におしひろげる政治思想というものが支持されるよう希望する。北方領土はかつてであり、竹島は韓国の領土であり、尖閣の利益は近隣で分け合えば問題無しなのだ。福沢は危険であり劇薬である。サヨクはもうマルクス主義では立ちゆかない。サヨクは儒学的でなければならない。その際、封建的道徳はほとんど無用である



なぜ弱者は強者に虐げられねばならないのか。人間ならば少なからず良心があるはずだ。哀れむこころと言ってもいい。野生の動物でさえ子供には優しくする。人間ならば他人の子供にも同情心があって然るべきだ。思うに創価学会の信者というものは人間性を捨て、我が身の保身を最優先に重んじる獣におとしこまされるのである。そして、吹き込められる教学と内心の矛盾をどうすることも出来ず苦悩に満ちた表情が顔に表れる。創価学会の信者になることは、人間性の放棄に等しい。それが人間革命の本質であり、創価商法なのだ。信者は、創価の商品を毎月毎月買わされ、約束されない勝利を追い求める。創価信者あ~惨めな存在である。


はじめにお断りしておくと おれは日蓮の主張を仏教と認めない。
南無阿弥陀仏系の仏教は、信仰宗教と言える。しかし、禅宗的な仏教は、一言で云えば、知恵の宗教と言える。その知恵とは、和を重んじる知恵であり、また、釈迦伝来の執着を断つための知恵である。悩み事の根本である執着を断つ知恵を禅宗的な思考でこころを楽にするのである。正直おれは、坐禅などよく知らないが、禅宗的知恵を得れば確かにこころは軽くなる。おれの場合は、般若心経の色即是空空即是色を感得してから禅宗の思想が理解出来た。いまはないが、教養文庫に佐藤俊明 著の禅のはなし・続禅のはなし 二冊あるが、禅の公案を分かりやすく書いてあるのでオススメである。執着を断つこと、これが釈迦伝来の仏教の核心である。その意味で現世利益を主張する日蓮を仏教と見なすことは出来ない!
日蓮こそ真の、仏教の邪教なのである。そして日蓮をそのような存在にした法華経などは異端なのである。禅は知恵であり、阿弥陀仏は、現代においては、臨死体験との関係で語られなければならない。