昆虫漂流記

昆虫漂流記

西日本を中心に昆虫を追いかけています。✌
東へ西へ、過去に未来に昆虫求めて漂流していますが、
近年は、昆虫だけにとらわれず、自然全体から、
観察する眼を持ちたいと思いますのでよろしくお願いします。

ウサギ 当ブログ内で紹介させて頂いております

動物、植物の詳細な生息地につきましては、撮影、採集に関わらず、情報の拡散、乱獲、の懸念に、お尋ね頂きましても、ほぼ、お断りさせて頂いております。 身勝手な判断ですが、大変申し訳ありません。チョキ 


てんとうむし 特に昆虫におきましては、

種の保存法、天然記念物等の規制が採集の制限になり、国立公園・国定公園においても特別区域外では採集可能で、一般地域と同様に扱われ、鳥獣保護法は適用外となる為に、情報には気をつけております。ハチ


ヒミツ 閲覧検索においては

パソコンでは、左上部に位置する小さな検索欄で昆虫名や県名を記入する事で、このブログにとりあげた昆虫は検索が容易になりますので、よろしくお願いします。 またこの文章のすぐ下部にあります「記事一覧」のリンクからも検索が可能です。グッド!



わんわん 最後に 、此方から申し上げるのは失礼に当たりますが、

読者申請(フォロアー)されましても、数週の間、イイネ、コメ等の 「音沙汰無きフォロアー様」には事業宣伝目的に名前を列記されたと考え、こちらから無断で登録抹消させて頂いておりますので、ご理解の程よろしくお願い致します。

ハイトリック・蠅の駆除器具

皆さん、こんな「蠅とりき器」をご存じだろうか?
一昔前の、レトロ文化ともいえる日本の昆虫文化の一つとも云えるでしょう。


現代では身近な害虫と云えば、蚊、蠅、ゴキブリなどを思い浮かべる人も多いと思われます。
近年の害虫と云えば,、特定外来種が取り上げられることが多いですが、一昔前では、害虫と云われれば、大きく分類すれば、主に農業害虫と衛生害虫に分ける事も出来るでしょう。
簡単に、農業害虫と衛生害虫を説明しておきましょう。

古来より日本は、農業国であるので、深刻な害虫と云えば、農業害虫であり、ヨトウガ、ウンカ、イナゴなどが含まれ、江戸時代には虫害が原因で西日本一帯で大飢饉に陥った経緯もあります。
農業害虫の駆除対策には、古来から各地で「虫送り」「虫追いまつり」などの、呪術的、神頼み、祭事的が行事が伝え行われた経緯があり、「虫送り」などが行われる以前は、797年成立の「続日本紀」の記録が「697年に西日本、四国、関東に至る17国で「蝗(イナムシ)」(現代のイナゴ)が大発生した」と云うのが最古の害虫の記録と云われています。
呪術的、祭事的な「虫送り」などの行事も、昭和20年に害虫駆除の薬品が多く出回り一般化された為に、現代では「虫送り」は、文化行事と云われる分野で継承されているだけで、実質的にはすでに衰退しています。

衛生害虫は、直接的に人体に影響を与える害虫で、蚊、アブ、ノミ、シラミ、蜂、が主な昆虫でしょう。
これらは、今も昔も、人体に対して、吸血性や刺傷を起こす悩ましい存在です。
衛生害虫についても、やはり古来より「虫の口焼き」「蚤(のみ)の舟」などの呪術的、祭事的な行事が行われてきた経緯があります。

そう考えると、「蠅(ハエ)」と云うのは、現代では害虫とされるが、古来から、それほど、取り上げて云うほどの悩ましい害虫ではなかったようです。
蠅について、害虫目線からみるのではなく、人に役立つ昆虫と考えるなら「悪臭を放つ花の花粉の媒介(ラフレシア)」などは、
よく知られた話ですが、昆虫食という分野でも取り上げる必要があるでしょう。

「昆虫食に蠅?幼虫はウジムシを~?」と我々は頭に思い浮かべるかもしれませんが、海外ではハエの幼虫を食文化にする地域は、「北米大陸の極北地域」「中米」「南米」「東南アジア」「オセアニア地域」「中近東」「ヨーロッパ」などに見られます。ハエの幼虫を食する文化はロシアやアフリカ大陸では見られませんが、極北の北極圏では、肉につくウジ虫を食べられた経緯もあるほどです。

現代、漢字では「蠅」を用いて「五月蠅」(うるさい)とも書かれますが、「五月蠅い(うるさい)」という表記が一般的になったのは、明治時代からといわれています。 言葉自体は古くからあり、漢字の「五月蠅(さばえ)」という語自体が「日本書紀」にも登場するのですが、これを「うるさい」という「当て字」とされて使う習慣が広まったのは明治以降になります。
明治以降の人々は、自分の周りを飛び回る「蠅」をうるさい存在とみてきたのでしょうね。

俳句では夏の季語で江戸時代の俳人小林一茶は「やれ打つな、蠅が手をすり足をする」(おい、叩いて殺すな。ハエが手をこすり、足をこすり合わせて、まるで命乞いをしているようではないか」という慈しみとユーモアにあふれた句)を詠まれましたが、1627年頃からは冬の季語として小林一茶「冬の蠅逃がせば猫にとられけり」(せっかく情けをかけて冬のハエを逃がしてやったのに、皮肉なことに、今度は飼い猫にパクりと捕まって食べられてしまった)とも詠まれました。
他にも有名な句では、
正岡子規「日のあたる 硯の箱や 冬の蠅」
(病床にあった子規が、冬の微かな陽光が差す硯(すずり)の箱にとまったハエをじっと見つめて、病床の自分と弱々しく生き延びている冬のハエを重ね合わせた俳句)
正岡子規「秋の蝿 追えばまたくる 叩けば死ぬ」
芥川龍之介「庭土に 皐月の蝿の 親しさよ」
(五月(皐月)の季節に現れ始めたハエに、どこか親しみを感じるという繊細な心の感覚を詠んでいる)
夏目漱石「ゑいやつと 蝿叩きけり 書生部屋」
(若い書生たちが集まる部屋で、威勢よくハエを叩く日常の一コマを詠んだ詩)
村上鬼城「二三匹ゐて親しさや冬の蠅」
高浜虚子は数多く詠まれていたようで、
「蠅叩手に持ち我に大志なし」、「一匹の蠅一本の蠅叩」、「汝(なれ)も又一つの仏蠅叩」、「蠅叩にはじまり蠅叩に終る」、「止りたる蠅追ふことも只(ただ)ねむし」、「わが前の畳に黒し秋の蠅」など日常生活が目にうかんでくるような客観的な描写がみられます。

話が反れてしまいましたが、こんなにも有名な俳人達によって読まれて親しみがあるとはいえ、蠅は駆除対象に古来から変わりがない様です。
新聞を包めて一撃で叩いたり、蠅たたきで狙ってみても駆除するのは難しく、明治の終盤頃や大正初期から考え出されたのが蠅に対する駆除や防虫の家具、道具などであります。

そこで、時代背景的には、「大正、昭和」のレトロ器具などと、現代の器具などを紹介してみようと思います。

最初に取り上げて紹介する自動ハエトリキが、今回のレポートの本題の製品です。

 

  • 自動ハエトリキ

ハイトリック
時計メーカーの尾張時計が大正8年に発売した自動ハエ獲り機。ゼンマイを巻くと四角い軸が回る仕組みで、四角い軸に酢(酒)と砂糖を混ぜた液体を塗っておくことでハエが寄ってきて、回転とともに中の網へ誘い込まれるという構造になっています。当時は類似品が出るほど大ヒットし、昭和初期まで製造が続いた。

ハイトリック・金網に模様無



ハイトリック・金網に模様付

 

 

ハイトリック・前が開くタイプ

(あまり現存していないタイプのようです)

 

自動ハエトリキ
村瀬式蝿捕器(村瀬式ハイトリ器)
ハイトリックと同じような仕掛けだが、ハイトリックが四角い軸(箱型)に対して、こちらは村瀬式と呼ばれるドラムが丸い筒状(ロール式)のもので、閉開弁のような仕掛けがついています。 名古屋商事株式会社発売。

レトロ商品を販売しているネット販売サイトでは、「ゼンマイ部分とローラー部分を下に、金属籠部分を上にした立てた状態」で使用されるかのように紹介されていますが、当時は上のような説明書きがあるので、描かれているように設置して使用します。

尚、名称は、本体の金属タグ(下の写真左上部分)には「村瀬式蠅捕器」と記載されていますが、説明書(上写真)には「村瀬式ハイトリ器」の記載です。ネット販売サイトでは「村瀬式ハエ取り器」とすべてが統一されていません。

 

村瀬式蝿捕器(村瀬式ハイトリ器)

 

  • 蝿帳(はいちょう はえちょう) 

昔の食品保存用虫よけ家具 蠅帳(はいちょう、はえちょう)とは昭和30~40年代まで食堂で使われていた木製の蝿帳で食事を一時的に保存するための工夫がなされ冷蔵庫のない時代の食材や作り置きの食べ物を虫や獣から守っていた家具。
タンス型のタイプや、ただ単にお皿の上から箱型のメッシュ家具で覆うタイプなど色々な形状がある。
「蠅帳」と書くが、「はえいらず」と呼ぶこともある。

蠅帳 網戸食器棚(タンス型)


 

 

蠅帳 食卓カバー

レトロと呼ばれる時代は、金属製品でしたが、近年は,プラスチックで布製のメッシュ構造の商品がつくられています。


 

  • 蠅取瓶

玉ねぎ型のガラス瓶に蠅が好む餌を入れ招きいれる器具。
テーブル等の台の上に蠅が好む餌を置いた小皿を置く、塩水や米のとぎ汁を入れた写真のガラス瓶を小皿の上に置く、小皿に集まった蠅が行き場を無くして瓶の中に入る。捨てる時は瓶の上部にある蓋(栓)を外して、中の水ごと蠅を捨てます。


一般に世間で使われたタイプ

 


ちょっと洒落たタイプ

 

美術蠅取瓶
高価な様式で作られ、東京深川の島村硝子製造所で製造されていた。


蠅取瓶は、元々、英国の生活雑貨にも見られるものなので、外国から渡来した器具だと考えられ、明治から昭和にかけて使われていました。昔は家庭には必要なものでしたが、殺虫剤や網戸、クーラーが登場した事により、屋内での蠅対策が可能になり年月の経過とともに必要がなくなりました。
 

  • 天井蠅取棒

戦後によく使われた器具で、天井に止まった蠅を、下から見上げて壺をかぶせて捕獲する。捕獲した蠅は、ロート状(筒状)のガラス管を落ちて手元下部の丸い壺の部分に落ちてくる。壺には水などを入れておき水没させる仕掛け。
(写真に写るのは私の師匠の手首)


 

  • 蠅たたき

明治時代の頃は、「蠅はらい」と呼ばれていた。当時、蠅が多かった頃に「五月蠅い(うるさい)」と云う漢字用語が作られたといわれている。


昭和初期~中期によく見られた形状。

 

昭和中期以降はこんなタイプが多かった。

 

昭和後期から平成・令和にかけては、こんな形状かな?
 

シュロ竹の蠅たたき
兵庫県播磨地方では、金属製やプラスチック製が出回るまではシュロ竹(棕櫚竹)で「蠅たたき」を制作されていました。

 

  • 蠅取噴霧器

エアゾール式がまだ出回らなかった昭和初期には、空き瓶の中に油性殺虫剤を入れて写真の噴霧器を装着して使用していました。

昭和25年から30年頃には薬局で油性の殺虫剤が販売され、それ以降は小型の噴霧器が使われるように移行しました。
その後エアゾール式が出現しましたが、フロンガス問題にもなり、現在はノンフロンと不燃性ガスに移行しています。


エアゾール式が出回る前は、左の噴霧器で、右のように、購入した液体薬剤を空き瓶に入れて使用していました。

 

  • 噴霧器、撤粉器、殺虫液と呼ばれた殺虫剤

左から、「ムーンタイガー」「アース製薬」「フマキラー」

  • 殺虫剤エアゾール缶「ハイアース」

アース製薬製造で大塚製薬発売元の昭和時代のエアゾール式の殺虫剤。
レトロな殺虫剤とでも云いたいところだが、今の時代まで残っているのは、劣化した容器に劣化した可燃性ガスの中身が危険。倉庫で見つけても使ってはいけない。


 

  • イマヅ蠅取粉

戦前、戦中に広く使われ、日本の兵隊が中国(マラリアやその他衛生害虫が多かった)に進出する際には必需品とされてきました。
特許を取得した製品で、今津物理学博士によって発明され、今津化学研究所が製造・販売していた ハエやナンキンムシ(トコジラミ)、シラミ、マラリア蚊などの害虫駆除を目的とした粉末状の殺虫剤です。


 

  • 蠅にも効く蚊取り線香など

蚊取線香キクニッポン
「日本除虫菊製品工業組合 昭和十八年度検査合格証票」と記載があるので当時の蚊取り線香であると判断できる。箱上部に蚊と蠅の絵がある事から各昆虫に対応できるのだろう。


 

金鳥ハエとり線香
大日本除虫菊株式会社(KINCHO)が販売している、ハエの駆除を目的とした蚊取線香。もちろん蚊も対象になるようだ。昭和レトロのデザイン。



 

  • 宣伝ポスター

昭和初期に販売されていた「アース製薬」のポスター
キャッチコピーは「飛ばすな殺せ!蠅、蚊、南京虫」。
ポスター内の記述には「日英佛伊」「専売特許」なんて文字もあるが、専売特許は日本国内だけだよね。


 

  • ホーロー看板

(鉄などの金属板の表面にガラス質の釉薬(うわぐすり)を高温で焼き付けた、耐久性の高い看板。明治時代から昭和40年代にかけて、街中や商店の壁面で商品広告の主力として普及しました。)

 

大日本除虫菊株式会社(金鳥)の殺虫剤「キンチョール」の昭和レトロなホーロー看板
商品のキンチョール見慣れたデザインだが、1934年(昭和9年)から販売されているようだ。


 

昭和40年代後半に作られた歌手の水原弘が起用されたアース製薬の殺虫剤「ハイアース」のホーロー広告看板。

当時は大塚グループの一員だったアース製薬。
「水原弘」起用のハイアースの看板には、歯を見せて笑っている構図と口を閉じたカメラ目線の構図の2パターンがある。


 

アース製薬の協力殺虫剤「アース」と云う名前の噴霧器殺虫を宣伝するレトロなホーロー看板です。

 

大日本除虫菊(金鳥)が昭和時代に出していた、「キンチョール」のホーロー看板です。

 

  • 此処からは現代の蠅の防虫剤。


蝶の羽の形をした蠅取り紙
LEDライトで虫をおびき寄せ、粘着シートで捕獲するタイプの「捕虫器(ライトトラップ)」
殺虫成分ゼロでニオイゼロなので赤ちゃんやペットと同居される方に適している。



 

アース製薬のコバエ誘引殺虫剤「コバエがホイホイ」
「紹興酒と黒酢の香りと魚介成分で強力にコバエを誘引し、容器内に誘導する」らしい.

実際に台所で使ってみたが、一匹も入らなかった。容器自体は蠅が集まりそうな形なので誘因餌を各自で工夫する方が良いだろう。


 

フマキラーの「コバエワンプッシュ プレミアム 80回分」
ゴミ箱などの蠅が集まる場所にスプレーするだけで発生予防と退治が出来るのが特徴らしい。
コバエ類が対象になっているが、効果の方は、試していないので不明。


 

アース製薬「マモルーム コバエ用 2ヵ月セット」
スイッチを入れてコンセントに差すだけで、超マイクロ粒子が部屋のすみずみまで広がり、コバエの成虫駆除と幼虫の駆除。薬剤を使用しないので赤ちゃんやペットとの生活に適しているのかも。
昭和時代はコンセントに差すのはベープマットで薬剤が漂っていたが、今は超マイクロ粒子と時代も変わる。

 

  • カモ井加工紙「ハエとりリボン」

吊り下げておくだけで、強力な粘着剤でハエを捕獲する。
偶に、人間も強力な粘着剤に触れて、捕獲されることがあるので注意が必要。
安くて、コバエも大型の蠅も多く捕獲できるが、外見的に見た目が気になる方には不向きかもね。

2個入り、5個入りなど必要以上な数を購入する必要もない上に安価。

 

カモ井加工紙の「粘着式ハエ取り 吊るすだけ」
殺虫成分を使用していなく、従来のリボンタイプよりも太いようだ。
試してはいないが、従来品と同じように捕獲効率が良い方向性にも思われる?

 

  • 電撃殺虫ラケット

見た目で想像できるように、蠅を直接叩きつけて電撃で駆除する商品。
正直に思う処では、電撃ラケットで叩きつける運動神経があるなら、普通の蠅たたきでも駆除できると思う処だが、蚊に使うなら問題ないだろうね。


 

  • 電撃殺虫器

紫外線で飛来してきた昆虫を高電圧で電撃殺虫する器具。
コンセントにつなぐタイプと電池タイプがあるが、クワガタ飼育などでコバエが発生する室内で使用する際は、コンセントにつなぐタイプで少し金銭的に値が張るが、高電圧タイプを選ぶ方が賢明だ。
電池式などで電圧が低いと、殺虫電線に感電したコバエが引っ付いたままになりさらに電圧が下がり、効き目が薄れます。

そんな事から、通常の害虫使用にも出来るだけ高電圧タイプを選ぶ方が賢明でしょう。

(写真の器具は試していないので、効果のほどは不明です。3割引ほどで販売されていたので少し心配。電撃殺虫器がこんな外見という参考写真)


 

  • コバエキャッチャー

クワガタ、カブトムシ飼育の方々には、よく知られたコバエ捕獲器
中にコバエの餌を入れておくと、瓶に入ったコバエは外に出にくい仕組みになっている。

我が家では、すべての購入したマットは、使用する前に昆虫用に使う電子レンジで熱処理をしてるのでコバエはほとんど見かけません。尚、全く発生しないわけではないので、見つけたら再度電子レンジで処理をすることもあります。

 

  • 日本国内の防虫剤の2大会社「キンチョー」と「フマキラー」の名前の由来について

「大日本除虫菊株式会社」でもある、「金鳥」の商標は、中国、司馬遷によって編纂された歴史書「史記」の中に書かれた「蘇秦伝」の一節「鶏口と為るも牛後と為る勿れ」という言葉から金鳥創業者「上山英一郎」が用いたといわれています。
「フマキラー株式会社」は、1920年(大正9年)に前身の大下回春堂が「強力フマキラー液」発売したのが会社名の由来で、 FLY(ハエ)+MOSQUITO(蚊)+KILLER(殺し屋)の英頭文字を組み合わせた造語になっています。


最後に、今回紹介したレトロ製品は、私の師匠の赤松の郷昆虫文化館館長の所蔵のコレクションを、当方が撮影しています。現代の殺虫剤については、私の方で収集撮影したものです。
師匠の赤松の郷文化昆虫館(現在休館中・セキュリティ完備)のコレクションが世間に知られるように取り上げてみました。