~今日のMusic~

これの作詞やってる人は、サバンナ高橋さんっていう、驚き。

で、さらに、コッシーの声優もやってるっていう。

知ったときは、ビックリしたね。

一回聴くと、やみつきになる。

Wingsです。

さて、アメーバのニュース欄にておかしなものを見つけました。

あと、最近、衝撃映像やら、ビックリ映像やらやってるよね。

そんな中に、「ちょっと賢い動物」見たいな感じで、サルっぽい動物が、道具使って物食べたりして、ゲストが、「かわいい~」って言ってたりするのを、よく見かける。

イルカとかだって、足し算、掛け算が、フリップ使いながらも、出来ると、「賢い」やら、「凄い」やら言ってるのを見たりする。

さて、人は・・・いや、『ヒト』は、何処まで、動物を警戒し、軽蔑し、受け入れ、利用し、保護していくのだろうか。

俺は、思う。

『ヒト』も動物じゃないのか?

が、世間では、『動物』とは、見ていない『人間』として、『ヒト』を見ている。

それゆえに、争いやらが起きるのではないだろうか。

そのせいで、動物を絶滅させ、後悔し、保護して、(ここからは、未体験だが)後悔していくんじゃないだろうかと思う。

理由は、一つ。

俗に言う「賢い」、「凄い」動物が、さらに、発達して、仕舞いには、人間を制圧するほどの勢力、威力を持つようになったらどうなるのだろうか。

又は、ソレを未然に防ぐために、その危険性のある動物を、片っ端から、根絶していったら、どうなるのか。

そういう意味で、『後悔』するんじゃないかと思う。

あと、上でリンク貼ったが、(同ブログより)「ワンコが首だけ出して富山の山に埋められていたニュース、心が引き裂かれました。そして怒りを抑えられません。そんな虐待するヤツ人間とは思えない。やはり日本も飼い主さんを明らかにさせるマイクロチップ導入を早く法律化してほしい。でもワンコ救出されて良かった」ということらしいが。

では、この人は、赤の他人でも、そう思えたであろうか。

たかがイヌで、ココまで言えるのだから、同族種である我々、『人間』の場合ならば、これ以上に言うだろうと思う。

って、いうのは、本心じゃなく。

実際のところ、この人も、埋められる相手が、『人間』ならば、↑のようにまでは、言えないだろうと思う。

というか、まずブログのネタにしないよね。

だって、イヌ、じゃないんだからさ。

そこで俺が思うのは、動物(ヒト以外のすべて)と、『人間』は、平等であるべきだと思う。

ソレが無理なら、共存なんて無理だ。

馬鹿げてる。

ヒトが、イヌ殺したら、「非人道」で、ライオンが、イヌ殺したら、「かわいそう・・・」で済む。

はぁ?

そんな考えの、今の社会の人間のほうが、「非人道」なんじゃないの?

生類憐みの令」ってのがあるが、今こそ、コレを、完全に復活させるべきだと思う。

「非人道」な人間がいる世の中だからね。

動物愛護団体ってのは、『ヒト』は対象としてないんだろ?

っていうか、ウシや、鳥類、その他、肉を『人間』に捧げてる動物達も対象としてないよな?

何でだ?

動物『愛護』団体なら、愛護しろよ。

アレか?

『食用』だからか?

ホントにそんな理由だったら、ざけんな!!

今、だいたいを見てきたが、ホントに、ざけんな。

あ゙?

コンパニオンアニマルだ?

まず、それ自体が、その『動物』に対する『虐待』なんじゃないか?

その動物はな、『生きる』為に生まれた。

人間のマスコットになる為、人間を癒す為、人間に捨てられる為e.t.c.そして、人間に売買される為に生まれてきたんじゃない。

生きる為に、生まれてきたんだ。

人身売買より、こっちのほうが、よっぽど「非人道的」だと思う。

人身売買なんて、生まれてすぐじゃないだろ?生まれてちょっとしてからくらいだろ?

それも、多少の了承も貰ってるだろ?

じゃあ、ペットショップで並んでる、アイツらには、許可取ったのか?

取れるはずもねーか。

会話できないからな。

見る見るうちに、金で取引され、ショーケースから出たと思ったら、檻か、小屋に入れられる。

主食は、遠い先祖が食ったのとはまったく違うもの。

が、彼らの世代からしてみれば、それが『普通』。

今の日本人の食生活のようにね。

では、そんな彼らに自由はあるのだろうか。

結論から言えば、『ない』。

「うちは、小屋にも入れてないし、散歩するときも、ヒモつけてないし、首輪もつけてない」って
言っても、彼らには、二度と『自由』なんてものはない。

家の中で飼ってるとしたら、『家』っていう鎖で拘束してるし、外で飼っていたって『逃げないように』何らかの対策は行ってるはずだから、そういう意味でも、『拘束』してる。

彼らは、気付いてないのかもしれない。

これが、『普通』と考えてるかもしれない。

彼らの社会は、この仕組みが普通なのかもしれない。

けど、本当に、気付いてないのだとしたら、代が受け継がれるごとに、進化していって、仕舞いには、反抗するようになるのかもしれない。

これは、食用の動物達、財布や、洋服などに、使われるもの、とにかく、人間に、役立っている動物、微生物すべてに値すること。

彼らは、『生きている』。

物なんかじゃない。

食用のやつらは、『食う』ために、必要不可欠。

ソレは理解しよう。

が、服や財布、その他諸々の奴らは?

人間の私利私欲のために生まれたのか?

いや、彼らもまた、人間のように、『生きる』ために生まれてきた。

彼らは、人間にとって役に立つほか何者でもない。

いわば、『生ける屍』。

悲しい存在だ。

だが、コレを、自然の循環、として捉えれば、何も問題ない。

ライオンが、キリンを食うのと同じ。

コレも、自然の流れだと思えば、愛護団体なんかも、シーシェパード(テロ組織?)なんかも、消えるんじゃないかな?

無意味に、殺すってのは、悪いかもしれない。

理由あって殺すのと、訳が違うからな。

じゃあ、動物を飼うっていうのは?

コレは、自然の循環として、捉えられるのだろうか。

俺としては、『無理』だね。

理由としては、それ自体が、生体実験のようなものだと思うから。

確かに、餌を与え、死に至らさせないが、観察、飼育っていうのは、実験なんじゃないのか?

実験、それも、生きた動物でやるから、「生体実験」、っていうのが俺の考え。

が、動物の死は、自然の循環として、捉えられるじゃないか?

まず、ウシ殺してOK、イヌ殺すとNO、カマキリ殺してOK、ってのは、駄目なんじゃないか?

ウシはいいとして、昆虫は、なぜOK?

あと、ミミズや、アリ、カ、ナメクジ、ゴキブリ。

さて、彼らは何者だろうか。

生き物に決まってる。

そう思えるなら、イヌ、と同等じゃないのか?

罪悪感もなく、アリを潰す小学生。

人間からしてみれば、『普通』なのかも知れない。

では、アリ視点ではどうだろうか。

今、まさに恐怖が、頭上から来るとしたら、貴方ならどうしますか?

逃げるでしょうね。

だが、ソレが、半径数万キロにわたって、それもほぼ同時に、落ちてきたら?

逃げる余地もない、その場で、恐怖に対面するしかないでしょう。

アリたちは、そうやってるんじゃないのかな?

いや、そうなってるんじゃないのかな?

抵抗も出来ないまま、無駄な希望を持ち、少なからずとも、抵抗し、そして、死んでいく。

彼らを殺して、何故、罪がないのか。

ハチなどの猛毒系昆虫、カやゴキブリなどの、(人間からして、)害虫系昆虫たちは、なぜ、殺しても罪がないのだろう。

いくら、毒を持っていようが、害があろうが、彼らは、わざとやったわけじゃあない。

が、俺らは、あえて、彼らを殺す。

出ないと、コッチがやられるからだ。

だが、昔、それも、人間が知性を持ってない頃は、そうやって均等にしてきたんじゃないのだろうか。

昔のヒトは、相手を殺すが、アッチも、攻撃を加えて、ヒトは、怪我か何かを負ったかも知れない。

もしそれで、どっちも死んだら、ドローで済む。

だが、今の時代は、圧倒的なコチラの勝ち。

真の意味での、動物との共存って言うのは、未来、現在は、無理だと思う。

時代が進むに連れ、人間は、他動物との間の壁の幅が、どんどん延長していくと思う。

過去はどうだろうか、というと見たこともないので、何もいえない。

が、人間が、人間を使うようになってから、壁ができ、こうなっていったんだと思う。

悲しくも、ソレが、自然の作り出した産物と思うと、俺は、何故か何も感じなくなる。

不思議なものだ。

コレだから、人間ってやつは面白い。







※俺は、今回、『ヒト』と『人間』を区別した。

ヒトは、自然界のヒト。

コチラの世界で、拒絶される種類。

人間は、コチラの世界の人間。

すべての元凶であり、すべての障害。

自分が、すべての生物のリーダーと思ってる、頭の中が、お花畑な、動物。

ソレが、人間。

いわゆる、我々。