ヒマワリと恋の花 | 店舗探し.comの過去コラム

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2012/7/31

一昨年亡くなった作家の井上ひさしさんの『言語小説集』(新潮社)
に収録された作品『極刑』に、次のようなセリフがあります。

“人間を肯定してどこが悪い?なぜ、『よい』と『悪い』は、good
 とungoodで表現されるのか、どうしてunbadやbadでないか解るか。
 もっと抽象度を上げて言えば、人間は、goodを基準に、というこ
 とは肯定を基準に、『よい』『悪い』を表現するわけだよ。
 だからungoodはあるが、unbadはないんだな。

 幸と不幸にしてもそうだ。
 幸という肯定的な状態を基準にして、こうならざる否定的な状態
 を不幸と称する。

 つまり人間の基準はあくまで肯定にあるんだよ。

 言語の成り立ちそのものの中に、人生の明るい面を見るようにし
 ながら生きてゆくのだという向日性のメッセージが含まれている
 わけだ。”

 確かに、成功しないことを『不成功』とは言いますが、成功する
 ことを『不失敗』とは言いません。
 人間が作り出した言葉がこうして肯定的にできていることは、人
 間そのものが肯定的な意識を持った存在なのだというメッセージ
 には説得力があります。

「向日葵」と書くヒマワリは向日性植物の代表とされています。
向日性とは太陽の光の来る方向に曲がる性質を言います。ヒマワリ
が太陽の方を向くいうのは向日性によるものです。

向日性植物は英語で「heliotrope(ヘリオトロープ)」と言います
が、キダチルリソウのことを指します。キダチルリソウといっても
馴染みは薄い植物ですが、日本語で「香水草」「匂ひ紫」と言えば
ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
「香水草」というの名の通り、バニラのような甘い香りがするのが
特徴です。

ロジェ・ガレ社(フランス)の『Heliotrope Blanc』は、日本に輸
入されて初めて市販された香水といわれています。
夏目漱石の小説『三四郎』にも、ヘリオトロープの香水が登場して
います。ヘリオトロープ(キダチルリソウ)はフランス語で【恋の
花】の別名を持っています。

はたして漱石がそんなことまで知っていたかどうかはわかりません。
とにかく、三四郎は美禰子に恋をします。
“迷える羊”である若き三四郎の恋は実りませんが、美禰子を追い
求める青年三四郎は、まさに太陽を追い求めるヒマワリそのものな
のです。

ヒマワリの花は、成長が止まると向日性は影を潜め、花は東を向き
っぱなしで動かなくなります。

何に対しても肯定的に向き合うためには、やはり若さが必要という
ことなのでしょうか。
しかめっ面をして世の中の裏側でごそごそするようになるのは、向
日性を失い、お天道様をまともに見られない年寄りになってしまっ
たということなのでしょう。

いつまでも、発育途上のヒマワリのように太陽を正面にしっかと見
据えた、若々しい存在でありたいものです。