考える鉛筆 | 店舗探し.comの過去コラム

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2012/6/29

文房具に興味を持たなくなってからいったい何年たってしまった
のでしょうか。

『考える鉛筆』
  小日向京著 アスペクト

全編が鉛筆へのラブレターのような本です。

鉛筆の形状や種類の紹介はもとより、鉛筆削りの種類やその削り
かすについての薀蓄まで。
鉛筆の握り方と気分の考察、鉛筆で書く紙と敷台の組み合わせと
その書き味の比較・・・。

小学校入学時に名前入りの鉛筆をプレゼントされるような時代に
育った年代の人であれば、本書を読み進むうちに鉛筆に関する懐
かしいエピソードを思い出すに違いありません。

私の鉛筆に関する思い出も、やはり親戚からもらった金文字で名
前が彫られた「ユニ」鉛筆から始まります。

友人の家にある電動の鉛筆削りがうらやましく、手回しハンドル
の鉛筆削りが壊れてしまえば電動に買い替えてくれるのではと考
えて、ひどく乱暴に扱っていて親に怒られたこと。

クラスで鉛筆の削りかすを大根のかつらむきのように長くするこ
とがはやり、小遣いをはたいては、いろいろな鉛筆削りを買って
試したこと。

友人と大喧嘩して気分がふさぎ、授業中に、窓の外をぼーっと眺
めながら鉛筆を噛む癖がついてしまい、どの鉛筆も噛み跡がひど
く残っていた一時期のこと・・・。

電動鉛筆削りを買ってもらえないのは、うちが貧乏だからなので
はないかと、自らの境遇に切なくなったものです。
その思い出は、梅雨時の湿った空気のように憂鬱な香りの記憶に
重なります。

削りたてのカスからは生命力あふれる森の匂いがしたものです。

喧嘩した友人とは学級委員の女の子の仲裁で仲直りをしました。

「いつまでもうじうじ引きずって喧嘩してんじゃないの!」

ぴしりと一喝された時の凛とした表情に、一瞬で虜になり、今度
は窓の外ではなく、その女の子ばかりを眺めては、前より一層強
く鉛筆を噛むようになってしまいました。
もちろんその思い出からは、甘酸っぱい香りが漂ってきます。

削りかすから立ち上る森の香り、鉛筆の芯からかすかに漂う錆び
た匂い、噛み跡に浸み込んだ唾液の匂い・・・。
匂いは記憶を鮮やかによみがえらせてくれます。

鉛筆がシャープペンシルにとって代わられ、無臭の文房具に囲ま
れるようになリました。
でも、シャープペンシルをいくらカチカチと鳴らしてみても、蘇
える記憶などは何一つないのです。