幸運なことに中央講堂の鍵はかかっておらず、グールの姿も見
当たらなかった。大げさな装飾が施された両開きの扉を押し開
け、転がり込むように中へ入る。

「少しは耐えられそうだ。ベンチでバリケードを作るからもう
 ちょっとだけ我慢して」
「京介さん」
「喋らないで横になった方がいい、大丈夫俺のヒヒイロカネは
 応急処置キット満載だからね。科学室の誰かさんと違って失
 敗したりしない」
「あはは…」

講堂は、礼拝堂としても使われているようだった。今はベンチ
が整然と並べられ、中央に演台と磨き上げられた十字架が乗っ
た木台が天窓に照らされている。
京介は手際よくベンチを扉に積み上げる。演台を右の窓に押し
当て、十字架の台で左の窓をふさぐと、ほのかの脇へ滑るよう
に飛び込んできた。

「お待たせ、傷口見せて」
「や、大丈夫」
「なわけないでしょ」
「自分で出来ますから、ほんと、キットだけ貸して下さい」
「そんなこと言ってる場合じゃ―」
「着物なんですってば!」
「え?」

きょとん、とする京介の頭がようやくゆるゆると回転し出した。
貫通した刀を抜いて傷口にライフエイドを貼り付けて、包帯し
て…と手順は頭に浮かんでいたのだが、大前提として服を脱が
さなくてはならない。そして着物というものは上下セパレート
では無いのだ。

「な、なるほど」
「なので後ろ向いてて下さい」
「でも、刀は自分で処理できる?」
「私の刀だし、ヒヒイロカネに戻しますよ」
「映画みたいに刀折って、ズブズブおりゃーみたいな事は?」
「私に死ねと?」
「はは…冗談だよ。じゃ、見張ってるよ」
「あ、振り向いたら大変な事が起こりますから」
「た、大変って、どんな?」
「それはもう」
「…」

ゴクリ、とつばを飲み込む音を残して京介は正面扉へと向き直
った。シュルリと聞こえてくる衣擦れの音が艶めかしい。

(無論、振り向きませんとも)

京介は左の窓を塞ぐ十字架にむかって、そっと眼球を動かした。
ピカピカに磨き上げられたそれは、鏡の如く逆さの世界を映し
出してくれる。

逆さの世界で、ほのかは『うぅ』とか『はぁ』とか目を瞑って
いれば勘違いしそうなほど色っぽい声を発しながら治療をして
いた。大丈夫だろうかと心配になる。その出血量は相当なもの
だし、止血剤やライフエイド程度で効果があるのか疑問だ。

「やっぱり、手伝おうか?」
「はは、殺しますよ」

冗談とも思えない口調で返事が返ってきた。一通り治療が終わ
って包帯を巻くだけとなった時、ほのかは少し躊躇した。肩か
ら腹にかけてきちんと巻くには一度着物を全て脱ぎ捨てなけれ
ばならないからだ。

下着をつけているとはいえ、男の近くで裸をさらすのは年頃の
女子として抵抗がある。

(ど、どうしよう)

2~3秒迷った後、思い切って脱ぎ捨てた。