外務省のHPに地雷注意なんて書いてるもんだから
かんなりチビリながら入国。
なんじゃこの国知らんでー思って調べてみると
この国はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国
の連合国家なんだそうです。
隣国と雰囲気さほど変わらず余裕じゃんとか思ってたら
EUのARMYやUNHCR(?)国連関係のジープと
何台かすれ違い、ちょいと緊張。
大丈夫かなと思ってる間に首都サラエボ着。
まず最初に目に付いたのはおびただしい墓石の数
お墓の写真は極力撮りたくないのですが、ブログから
なんか伝わればなと思いまして、申し訳なさ半分に
こっそりパシャリ。密集度が濃すぎる・・・
市内には予想外に観光客が多くて、もう戦争の
傷跡は消えたのかな??と思ったのは最初だけ。
どんな建物にも無数の弾痕とそれを漆喰で埋めた
跡が見られます。
とあるカフェ
蜂の巣アパート
銃撃戦の凄まじさに閉口。
ここグルバヴィッツァ地区は最前線にあり
停戦合意後、セルビア側から返還されたそうです。
しかし、セルビア兵は返還直前に使える物は根こそぎ
持ち出し、建物は住みにくいよう破壊・放火。
子供の大好きな人形の中に爆弾を仕掛け、多くの子供達
が亡くなったこと耳にして大いにショックを受けました。
荒地には無造作に戦車・大砲が打ち捨てられてました。
戦車
大砲
暗い気持ちにさらに追い討ちかけたのが
この写真。
五輪会場
サラエボは1984年に冬季オリンピックが開催
された場所。平和の祭典オリンピックで使われた
グランドに無数に立ち並ぶ墓石。
セルビア側の攻撃が激しく、墓地まで遺体を
運ぶことが不可能だったため、已む無く
グラウンドに埋葬したそうな。
思わず涙こぼしちゃったよ。
戦争という二文字の漢字。
戦車やら大砲などの武器も戦争。
そして、この無数の墓石も戦争。
戦争というたった二文字の漢字が持つ世界
の悲哀に憐憫をもよおさずにはいられませんでした。
かなりブルーな心情でしたが、バス見て気分は上向きに
バスの横にはJAPANの文字が
疲弊した交通インフラ復旧のためODAで
市民の足バスを援助してました。
ちょいと日本やるじゃん!!思いました。
現地の人も日本にはかなり親近感
持ってるように感じられました。
ばたりと出くわしたバックパッカーの人が
これまたオモロイ人で、バスに乗る際
運転手さんにおいらの税金がこのバスの一部分
になってるはずだからタダ乗りさせてくれ!!
と頼んでみたそうな。もちダメだったらしいですが。
いろいろと考えさせられたサラエボでした。


















































