物事が進んでいくみちすじに目をこらす
「まだまだだな!」と感じることは成長のあらわれ。
と先日友達の一人がいいました。
なにか新しいことを始める際は
●まず、わくわく。
●そして試行錯誤まっさかり。
●あ、ちょっとデキルようになったかな♪というヨロコビ。
●少し慣れたかも?という安心感。
●余裕が出てくると回りを見回せるようになるとともに
●自身の様子をすこし客観的に見つめることができるようにも。
●すると具体的に各パーツの完成度が目に入る。
そしてどうなるか。
「うわー、なんだ、自分はまだまだぜんぜんできてないじゃないか!
こらあかん。できたと思ったのに、退化してるんじゃない!?」
とキュウゲキにおちこむわけです。
こうした変化は、成長の過程であり、
キュウゲキな落ち込みは、成長したからこその実感でもあるのだよ!と
その友達は言いました。
進んで行く道すじにあるものたち
ふむーふむー。
ありまくりな古怒田。
●声楽
●「立派な社会人になる計画」(計画の内容は、大学生の方に対して社会人基礎力という診断表で示されている項目とほぼ一致)
●活動と理念の整合性
●自律的な対人関係
●生活環境の整備
・・・こうリストアップしてみると、果たして私の場合成長の過程、と言えるのかどうか。
少なくとも目をこらして具体的にそのありようを理解し、
言語化して頭と体にたたきこみつつ、実践することが、
成長・訓練・努力等と言えるものなのだろうなあ。
変化のきざしではあるのだね
自分では「ぜんぜんできてない!」「人から好かれてない!」と感じることは
もしかしたら、良くなるための努力の過程で起きている感覚なのかもしれませんね。
ほんとにできていないかもしれないけど、少なくとも変化の必要性には気づいていて、なんとかせねばという思いは胸の内に沸き起こっている!
と信じるわ^^
なりわいプロジェククト

