仕方なく、待たせてもらうことにしたのだが、2課全員が出払っている状況で、部外者の自分がいなければならない状況に苦笑した。次の瞬間、椅子を蹴りあげて立ち上がった。署内で銃声がするという前代未聞の事件に巻き込まれる、まさに号令だった。
毒島は銃声のする取調室へと走った。扉をみると、はめ殺しの小さなガラスには明らかな銃痕が残っていた。部屋を覗くと、的場が誰かを抱きかかえていた。毒島はとっさに隣室のガラスを抜き取って、的場がいる部屋に戻った。的場と目が合った。部屋に入る。「よお、久しぶりだな」
「久しぶりとはご挨拶だな。こんな状況で」
「隣からガラスを持ってきてやった。銃痕を隠さないとな」
「お前がやったのか?」
「ならここに来るわけないだろ」
「なんでお前がいる」
「俺だって答えが知りたいよ。とにかく作業に集中しよう」
それから二人は隠ぺいに没頭した。時間にして1分もかかっていない。毒島も勢いでここに飛び込んでしまったが、容疑者にされるのはごめんだった。冷静さを欠いた自分を呪った。天井のダクトを開け、死体を放り込み、とりあえず、何もない状態にまで持ち込めた。
「さて、これからどうするか。この取り調べを知っている人間は誰だ」
「うちの上司。それから、この部屋を使ってるから、総務の人間も知っていると思う」
「わかった。とりあえずお前はここから逃げろ。連絡できる状態になったら、ここに電話してくれ」
「盗聴される心配のない、携帯を手配してくれそうなところはないか」
毒島は、秋葉原にある調達先の連絡先を伝えた。「いいか、メモするなよ。覚えろ。俺の名前を出せば、融通してくれるはずだ」
「わかった。恩に着る」
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「わかった。恩に着る」
毒島はそういうと、あっという間に去った。冴が一番会いたくない人間だったが、会ってしまった以上は仕方なかった。この部屋から外に出る、一番きれいな方法を教えてくれ。開口一番の要求がこれだった。この男はいつでもそうだった。苦い感情が湧き上がってきたが、悠長な空気ではなかった。別れた夫が、人目につかない逃走ルートを教えてくれと言っている尋常ならざる状況に、冴は気圧された。不思議と不正に関わっているとは思わなかった。そういう点で毒島を疑ったことはなかった。
はっとして時計をみた。ぼやぼやしていると、自分にも身の危険が迫ってくる。この場から逃げなければならない。毒島とともに逃げればよかったのに、それができない自分の心情はなんだったのだろうかと、歩を進めながら思った。
(つづく)
※応援コメント、どうぞよろしくお願い申し上げます。
※以下より、登場人物メモです。ネタバレのおそれがあるため、
以下閲覧注意です。
・的場英二:
S県警刑事局捜査1課所属。32歳。やせ形、筋肉質。伸長189センチ、体重78キロ。切れ目で高身長で一見もてそうな容姿をもつも、近寄りがたい空気を醸し出しており、友人も少ない。独身。ストイックで、禁酒・禁煙をしている。毎日8キロのジョギングが習慣。恋人は何年もいなかったが、事件を通じて恋に落ちる?
・江藤光太郎:
警視庁公安部所属。55歳。中肉中背。172センチ、体重75キロ。薄毛。妻恵理子は行方不明となり、失踪宣告した。娘の恵だけが生きがいだが、親子仲は悪い。粘着質のように仕事を進めることからハエ取り紙、公安部の略称「ハム」とあわせて「ハム取り紙の江藤」の異名をもつ。妻失踪後、仕事の情熱を失っていたが、今回の「福音の会」事件で妻が信者であったことを知り、情熱を燃やす。しかし、事件に配偶者が関わっている可能性があることから担当からはずされる(忌避)。それでも、独自に捜査を進めていたところ、的場と出会う。
・江藤恵
光太郎の娘。25歳。伸長162センチ、体重51キロ。父とは微妙な関係だが、父を嫌いなわけではない。目鼻立ちがくっきりしたかわいらしいタイプ。夜遊び・外泊を繰り返していたが、的場と知り合ってからは、真面目になる。母が失踪したことで、愛情に飢えている。自分のせいで失踪したのかと思いこんでいる。
・毒島寛
警視庁公安部所属。197センチ、体重87キロ。巨大な体躯。江藤とコンビを組んでいたが、江藤が担当を外されたことで、別の人間(中本重徳)と組む。しかし、江藤に同情する彼は、江藤から度々頼まれごとも、快く引き受けている。温厚で気さくな性格。
・杉本冴
S県警刑事局捜査1課所属。30歳、バツイチ。172センチ、54キロ。的場の仕事上の相棒。つっけんどんな対応しかしないのは、古傷が癒えていないからである。的場のことを気になりつつも、必死に一線をひく。女性と子供には優しい。
・綿貫博一
的場の同級生。眼鏡をかけており、ポッチャリ型。168センチ72キロ。おっとりした性格と信念を貫く強い面を併せ持つ。福音の会にハニートラップを仕掛けられた末、研究者としてからめとられることに。ゴモラソドムの開発者。研究者としてのエゴが人間としての良識を上回り、ゴモラソドムを開発してしまうも、良心に苦しみゴモラソドム消滅を図ろうとして組織に殺される。