はっとして時計をみた。ぼやぼやしていると、自分にも身の危険が迫ってくる。この場から逃げなければならない。毒島とともに逃げればよかったのに、それができない自分の心情はなんだったのだろうかと、歩を進めながら思った。
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福音の会は、首都圏郊外にR&Dセンターを保有していた。地場の土建会社がバブル当時に建設した保養所を、安く買いたたいた。富士山が眺望でき、立地も申し分のない物件だが、何より万全のセキュリティを施すことのできる施設だということだった。万一検問されたとしても抜けられる獣道があり、前のオーナーはどういうつもりだったのか地下シェルターまで作っていた。宗教法人がR&Dセンターを保有するのは表向き、信者が販売する無農薬野菜の研究、という体裁をとっていたが、その実態は、綿貫博一がセンター長となって推進する極秘プロジェクトの実験所に他ならなかった。
「ゴモラソドム細胞」の生成を目的としたこのプロジェクトには、福音の会のトップ、司勇(つかさいさむ)教祖の肝いりだった。そこには当然、江藤恵理子の進言があったのは言うまでもないが、この頃から既に、綿貫と恵理子とのパワーバランスは微妙なものとなっていた。R&Dセンターにこもり、研究に没頭するようになった綿貫は、トップである司と直接やり取りをするようになった。梯子を外された格好の恵理子だったが、元来学者肌である綿貫は目の前の仕事が一番、となっていたのだった。
細胞の増殖・抑制についての研究を始めたきっかけは、若くして母が癌でこの世を去ったことが原因だった。この世から癌を撲滅させたいという気持ちからだったのが、いつしかその思いよりも、研究結果をいかに世界に知らしめるかということが関心事となっていた。特に、恋人と思っていた恵理子が、自分以外の男とも逢瀬を重ねていたことを知ってからというものの、嫉妬ではなく憎悪が彼の思念を占めるようになった。恵理子を滅ぼしたい。自分の作る細菌兵器によって。
(つづく)
※応援コメント、どうぞよろしくお願い申し上げます。
※以下より、登場人物メモです。ネタバレのおそれがあるため、
以下閲覧注意です。
・的場英二:
S県警刑事局捜査1課所属。32歳。やせ形、筋肉質。伸長189センチ、体重78キロ。切れ目で高身長で一見もてそうな容姿をもつも、近寄りがたい空気を醸し出しており、友人も少ない。独身。ストイックで、禁酒・禁煙をしている。毎日8キロのジョギングが習慣。恋人は何年もいなかったが、事件を通じて恋に落ちる?
・江藤光太郎:
警視庁公安部所属。55歳。中肉中背。172センチ、体重75キロ。薄毛。妻恵理子は行方不明となり、失踪宣告した。娘の恵だけが生きがいだが、親子仲は悪い。粘着質のように仕事を進めることからハエ取り紙、公安部の略称「ハム」とあわせて「ハム取り紙の江藤」の異名をもつ。妻失踪後、仕事の情熱を失っていたが、今回の「福音の会」事件で妻が信者であったことを知り、情熱を燃やす。しかし、事件に配偶者が関わっている可能性があることから担当からはずされる(忌避)。それでも、独自に捜査を進めていたところ、的場と出会う。
・江藤恵
光太郎の娘。25歳。伸長162センチ、体重51キロ。父とは微妙な関係だが、父を嫌いなわけではない。目鼻立ちがくっきりしたかわいらしいタイプ。夜遊び・外泊を繰り返していたが、的場と知り合ってからは、真面目になる。母が失踪したことで、愛情に飢えている。自分のせいで失踪したのかと思いこんでいる。
・毒島寛
警視庁公安部所属。197センチ、体重87キロ。巨大な体躯。江藤とコンビを組んでいたが、江藤が担当を外されたことで、別の人間(中本重徳)と組む。しかし、江藤に同情する彼は、江藤から度々頼まれごとも、快く引き受けている。温厚で気さくな性格。
・杉本冴
S県警刑事局捜査1課所属。30歳、バツイチ。172センチ、54キロ。的場の仕事上の相棒。つっけんどんな対応しかしないのは、古傷が癒えていないからである。的場のことを気になりつつも、必死に一線をひく。女性と子供には優しい。
・綿貫博一
的場の同級生。眼鏡をかけており、ポッチャリ型。168センチ72キロ。おっとりした性格と信念を貫く強い面を併せ持つ。福音の会にハニートラップを仕掛けられた末、研究者としてからめとられることに。ゴモラソドムの開発者。研究者としてのエゴが人間としての良識を上回り、ゴモラソドムを開発してしまうも、良心に苦しみゴモラソドム消滅を図ろうとして組織に殺される。