ジュンペイとエツコから脱兎のごとく駆け出したカッちゃんは、気が付くと幼少のころ3人が育った施設の入り口まできていた。中学までをここで過ごしたからか、落ち着く空間だ。夕焼けがカッちゃんと建物をやわらかく包む。どれくらいそうしていただろう。 その後ろにはヨシエが見守っていた。
「アタクシのピアノ、聴いてほしいんだけれど」
ヨシエの一言でようやく我に返ったカッちゃんだが、ヨシエにほっとした。彼女の眼は、慈悲にあふれていた。何かいわなければならないわけでもなく、ただ、ピアノを聴いていればよかった。彼女の才能は豊かな音に注がれていて、身を委ねていてとても心地よかった。束の間、エツコとジュンペイのことを忘れられたのがとても不思議だった。その日はじめて、カッちゃんは、寮に帰らず外泊した。もちろん、ヨシエの執事経由で許可は得られているのだが、外泊という事実に、ジュンペイもエツコも、心を痛めていた。
(つづく)