ある村に、一人の青年がいた。青年はトマト栽培で生計を立てていた。
祖父の時代から三代続く農家だった。祖父は厳格な人で、父親はそれに耐えきれず、村を飛び出してしまった。青年は幼少から農業に慣れ親しんでいたし、何よりトマトが好きだった。
青年は、美味いトマトを作って祖父をぎゃふんと言わせたかった。祖父は、トマトの味に革命を起こした人だった。祖父を超えたい一心に、毎朝早くから夜遅くまで研究にいそしんだ。
そしてようやく納得のいく品種改良ができ、喜び勇んで祖父にそのトマトを見せた。
「だめた。まるでなっちゃいない」
祖父は口をつけようともしなかった。青年は意気消沈したが、絶対に一泡吹かせたい。やってやれないことはないと思い、再び研究した。作業場にこもりきり、様子を見にくる母親も心配したが、意に介さず没頭した。部屋の外には、空になった食器と、汚れたアンダーウェアが置かれ、母が交換に来るという日々が続いた。
さらに長い年月が過ぎ、青年は、発狂しそうになりながらも新種開発に成功した。祖父も長くはあるまい。何としてもこの新種こそ、美味いの一言を聞きたかった。
だが祖父はまたも首を縦に振らない。青年はかっとなり、近くにあった金属バットで、祖父を撲殺してしまった。
我にかえると、背後では母が茫然自失していた。「お爺ちゃんは、あなたに食べる人とトマトへの愛情を伝えたかったのよ…あなたはただ、掛け合わせばかりに腐心して…」
はっとした青年は農場へ走った。土は荒れ、干上がっていた。青年は、己の愚かさを呪った。トマトは、土からできる。大地から育ったトマトを、喜んで食べてくれる人を自分はないがしろにしてきた。唯一分かってくれた祖父を殺してしまって――。
青年はその日、大量の農薬を飲んで自らの命を絶った。二人の葬儀には、噂を聞きつけた青年の父親も参列した。
父親は、忌み嫌った農場に何十年振りに足を踏み入れた。青年が死んだ場所を確かめたかったのだ。
その場所に足を止めると、紫色したトマトがびっしりとなっていた。紫と緑のコントラストが不似合いな生命力を見せつけていた。
トマトをもぎり、一口かじってみた。驚くほど濃厚な果汁だった。それでいて、懐かしい味わい。言葉を失っていると、真っ青な空から、優しい雨が降りかかった。息子の嬉し泣きのように、感じた。
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