秋本は、同じように肩をすぼめながら品川駅に急ぐサラリーマンの群れに加わった。互いの体が少しは風除けになるが、それでも身が凍える寒さだった。
街も駅もすっかりクリスマスのイルミネーションに染まっているが、秋本のように恋人のいない独身者には、不景気にあおられたサンタクロース市場を底上げしようと必死になっている様が滑稽にしかみえないと思っている。だが、カップルのはしゃぐ姿に微笑んでいたことを、彼自身は気づいていないようだった。
山手線はすし詰めだった。隣の若い女性が顔をしかめているのをみると身構えてしまう。痴漢の冤罪だけは勘弁してもらいたい。なぜかサンタクロースに願っていたことに気づき、その女性に気取られないよう苦笑した。
寒い外に震え、蒸し暑い車内に汗を流すこの理不尽な世の中に、思わず舌打ちしたが、自分だけに降りかかった不幸ではないと思い直した。とにかく、早く帰りたい。それだけだ。
新宿につくと、再び襟を立てて家路に急いだ。バス停に着いたものの、渋滞しているらしく、歩いたほうが早かったのだ。運動になると言い聞かせ、あとは黙々と歩いた。
気持ちが急いているからか、自宅が遠い。タクシーも使えないのがもどかしい。これまでの人生で数え切れないほど自分の短気さを呪ったが、寒さが彼を凶暴にし、いつも以上に自分を罵った。アメーバなうでつぶやきながら、気持ちを落ち着けた。
もちろん足は止めない。彼を待つ者がいるのだ。不機嫌を持ち帰りたくないが、早く帰りたい。そんな気持ちの錯綜の現れだった。
鍵は自宅が見えたあたりから手に握りしめていた。慣れた手つきで開錠する。ドアを開けると、秋本を待ちわびていた恐竜が、荒れ狂っているのが見えた。今夜は無傷ではすまないかもしれない、と苦笑しながら部屋に入った。
閉めたドアの隙間から悲鳴と赤い血の海が流れ出てくるのは、それから1分45秒後のことだった。
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