早智子は、長い懊悩の末、聡美の部屋に入ると、彼女の母親から連絡があったこと、引き取りたいと申し出があったことを、出来事のあった通りにありのまま話した。
「それが本音ってわけ。私を食いものにできないと分かったら、ポイ捨てするのね?」
予想を上回る聡美の反応に、早智子はたじろいだ。
「…赤の他人の私より、あなたを生んでくれたお母さんと暮らしたほうが幸せだと思うの」
本心から言っているのだが、聡美の言葉は深く突き刺さったまま、早智子の鼓動を大きくさせた。
1秒が1時間にも感じられる空間のしじまを破ったのは、聡美の潤んだ声だった。
「私は、お母さんの記憶はないけど分かるの。あの人よりあなたのがまだマシってことを」
「そんなこと…」
「絶対にそう」聡美は鼻がかった声だったが断言した。「お母さんは、私を捨てた。あなたは、捨てたくないからうさぎを飼わなかったんでしょ?」
「…」
「私はお父さんに、ペットのうさぎが欲しいとお願いしていたのよ。なのにあなたが買ってきたのはぬいぐるみ。無責任なことをしたくないから、なのよね」
図星だった。早智子は反論することもできず、許しを請うこともできずに、ただ聡美の前で立ち尽くしていた。耐え難い空気に息苦しさを感じていると、聡美はやっと、吐き出した。
「出ていって」
「出ていってったら!」
聡美は大声で泣き叫び、枕を早智子に投げつけた。
聡美を抱きしめることも、部屋を出るのもためらわれたがやはりどうすることもできず、部屋を後にした。
ドアを閉めた瞬間、聡美の泣き声がくぐもって聞こえるはずなのに、頭の中で激しく反響した。思わず「ごめんね…」という言葉がこぼれ落ち、それは早智子の全身に痛みとして染み渡ってゆくのだった。
翌朝のダイニングテーブルは無機質な空気にありつづけ、2人は砂を食べるかのように朝食のトーストを口に運んだ。
早智子は聡美をちらりとみた。自分同様、一睡もしていないように眼窩にくまができていた。どうしようかさんざん迷った末、早智子は聡美に夜通し考えていたことを話すことにした。
「ねえ。お父さんのお墓、作らない?お父さんの大好きだった場所に…」