女性は新倉瞳、と名乗った。
話し好きな性格なのか、石本に質問させる隙を与えなかった。
「私、どうしてもハイヒールが欲しかったんです。
彼が似合うって勧めてくれたのが、
これなんです」
瞳がつづける。
「うまくいかなかった恋なんです。
うまくいったら、買ってくれたかもしれないな…
そう思って、買えずにいたんです。
でも、彼を引きずっている原因になっている気がして」
瞳は靴売り場を先導していたが、
くるっと後ろ向きになって、三郎に向かった。
「今日、偶然立ち寄ったら、現品限りになってたんで、
買わなきゃ!って思っちゃって」
三郎は納得した。
しかし、さっきまで飛び込みしようと思っていた自分が、
若い美人の恋愛話を聞いているとは、
おかしな展開だと苦笑した。
瞳は目ざとく三郎を見咎めた。「あーっ、またなんか笑ってる」
三郎は慌てて弁解したが、それが彼女には面白かったらしく、
腹をかかえて笑っていた。
瞳はひとしきり笑った後、ふと真顔に戻って、三郎に謝った。
「ごめんなさい。少し安心したんです。
私、この話、誰にもしたことがないんですけど、
はじめてあった人に話しちゃったから、自分でもおかしくて」
三郎は悪い気はしなかったが、
初対面だからこそ話せることはあるし、
盛りを過ぎた中年男がたまたま出会っただけだと、
期待などは持たなかった。
小一時間ほど、新宿の百貨店巡りをした結果、
瞳は気に入った靴を見つけ出した。
「いいのかい?ハイヒールじゃなくて」
「背伸びは、もうやめました」
その言葉の意味は、
恋愛からとおく離れた三郎でも何となく理解できた。
しかし瞳が年上との恋愛をやめたといって、
三郎には語る資格もない。
知らず知らず瞳に興味を抱いている自分に少なからず驚いた。
我にかえって、もうひとつ気になっていることを聞いてみたところ、瞳はきっぱり答えた。
「石山さんのおかげで、
さっき自分で買ったハイヒールよりも気に入ったものを買えたんです。
だから、差額なんていらないです」
彼女の目からは本気で拒否している意志が感じられた。
次の瞬間、自分でも信じられない言葉を瞳にぶつけていた。
「じゃあ食事でお返しするよ」
瞳は目を丸くした。「石山さん、ナンパですか?」
(つづく)