(『人間革命』第10巻より編集)
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〈跳躍〉 12
富井は、頭を下げた。
「すいません。本当に申し訳ありません」
富井は、この時、滝に打たれているような思いがした。胸につかえていたものが、一気に霧散するような気がした。
伸一の烈々たる叱咤は、富井に宿った驕慢の魔を、一瞬にして斬ったのである。
富井は、自分が情けなくなった。確かに、自分は情けない男である、と素直に思った時、伸一の厳愛の鞭のありがたさに、心は涙にあふれた。
彼は、感情に耐えて居ずまいを正してから、伸一の顔を、ひたと見た。
「私が愚かでした。お詫びいたします。こんなことで、二度とご心配はおかけしません」
富井が、自責の念にかられて、身も世もなく詫びているのを見て、それまで傲然としていた相手の地元幹部も、初めてわれに返ったのであろう。
富井の姿を見るのが辛そうに目をそらし、自分の心に向けた。そして、派遣幹部を憎んだ自分の汚い心に、いやでも思い至らずにはいられなかった。
部屋の空気は緊張して、静まり返っていた。
山本伸一の顔には、なお怒気の名残りが漂っているようであった。
彼は、地元幹部を、さっきから、じっと見ていたが、すべてを察したように、居並ぶ一同を見渡した。
「東京から連れてきた、かわいい同志が、私に、こんなに叱られている。なぜか、わかりますか!
勝利の道に立ちはだかる魔と、私は戦っているんです。あなた方は少しばかり軌道に乗ったからといって、すぐ得意になる。とんでもないことです。
驕慢という魔にたぶらかされていることに、誰も気がつかない。
味方の首脳は、ここにいる、われわれだけじゃないですか。
かわいい富井君が、これだけ叱られる。大阪の諸君が叱られるのは、当たり前のことです」