(『人間革命』第4巻より編集)
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〈波紋〉 4
社会は、いまだ暗くよどんでいる時代である。国民の生活に、希望の灯が消えていたことを思う時、まことに際立った対照であった。
ただ、戸田城聖の出版事情は、芳しいものとはいえなくなっていた。
戸田の出版社では、山本伸一が編集を担当する児童向けの『冒険少年』のほかに、月刊雑誌や、大衆向けの単行本を刊行していた。
単行本の売れ行きの停滞が真っ先に来た。
勢い、主力を雑誌に傾注していった。
ところが、その雑誌もまた、このころから、月ごとの返本率が上がっていった。
十月二十五日、肌寒くなった秋の日のことである。
午前九時ちょっと前である。日本正学館の二階の戸田の机の前には、社員全員が集まっていた。
経理担当の奥村が、さっきから細かい数字を読み上げていた。
実情は、絶望的な危機を告げていた。ぞっとするような返本率、それは、数百万円からの赤字となって、数字に表れていた。
社員たちは、自分の耳を疑うような面持ちである。まさか、会社がこれほどの打撃を受けているとは、誰一人、考えていなかった。
まして、一昨日の盛大な第四回総会のあとである。彼らの胸には、その時の歓喜の余韻が、まだ残っていた。
彼らは、日常の仕事のなかで、確かに返本が山になってきたことも知っている。
しかし、会社どんな状況でも、自分たちのだけは乗り切れるという安心感があった。
また、泰然としている戸田社長の姿に、心から信頼を寄せていたのである。彼らは、その致命的な数字が信じられなかった。