(『人間革命』第2巻より編集)
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〈地涌〉 15
戸田は、めったに怒ることはなかった。しかし、子どもたちが横着をして宿題をやってこなかったり、嘘を平気で言った場合、容赦なく叱った。実に厳しかった。
時には、涙を流しながら叱る場面もあった。
彼の在職期間は、わずか一年九か月である。したがって、教え子の数も少なかったが、児童たちの印象は、どの先生よりも強かった。
それから半世紀過ぎた後も、”老いた児童たち”は、この若い先生のことを、鮮明に記憶していた。
そして、異口同音に言うのである。
「いい先生でした。厳しいところもあったが、あんないい先生は、いなかった」
彼は、子どもたちに、退職の事情を一言、言おうと、教室に向かったのであろう。
しかし、元気に騒いでいる無心な子どもたちの顔を見た瞬間、彼の考えは変わったのではなかろうか。
人一倍、子どもたちを愛した彼のことである。
万感胸に迫り、無言のままドアを閉めざるを得なかったのであろう。
彼は、その日のうちに、荷物をまとめ、ひとり、決然と銀世界の真谷地を後にした。
彼が上京し、同郷の友人を頼って、その下宿に落ち着いた時は、既に三月になっていた。
彼に待っていたのは、苦闘に次ぐ苦闘であった。
もし、上京早々、一切が順調であったなら、すなわち就職も、勉学の手段も、難なく進んでしまったとしたら、その後、再び牧口に会うこともなく終わったかもしれない。
してみれば、かれのこの苦闘は、牧口常三郎と師弟の道を歩むための苦闘であったにちがいない。
戸田は、今日でいうアルバイトを続けながら、転々として落ち着かなかった。