《子供が体験することに対する親の姿勢》

 

もし自分の子供が学校のお友達との間で、または、まだお友達にさえなっていない同級生に嫌な思いをさせられたと言って帰ってきたら、親としてどうしますか?

どういう言葉を子供にかけますか?

 

例えば、「一緒に遊ぼうと言われたから○○ちゃんのところに遊びに行く!」といって新しいお友達候補になりそうな子のところに出かけた我が子が「○○ちゃんが家でゲームを自分でやりだしてやっぱ遊ばない!って言われた。あの子、我がままなんだよね!」といってがっかりして帰って来たとします。

一緒になって『そうなの?相手が我がままで酷い目にあったね!』で終わらせちゃいけないんですよ。

 

先ず親は、本当はどういう状況で何が有ったか細かく細かく聞かなきゃいけない。


大人も子供も皆、人間関係で問題が起きた時、人は本能的に自分に都合の良い事しか言いません。悪気なくそうです。

ましてや親に対しての子供は。

全部を丸ごと鵜呑みにして我が子を被害者のままで終わらせてはいけません。

『遊ぶ約束をしたのはその子一人?他の子はその時いなかったの?』

『お外で遊ぶのかと思っていたけど、最初から家に来て、と言われてたの?』

『お家に行ったのなら、その子のお母さんやお家の人は居たんでしょ?お友達が来るって聞いてたのかしら?急に連れてこられて家の人がその子に注意したのかな?お家の人に挨拶できた?』

『急にゲームをやりだして理由もなく無視されたの?その前に気が合わなくなるような何かが無かった?』

とか、詳しく詳しく聞いてあげること満載です。

 

何故聞かなきゃならないかと言えば、本当のことを細かく詳しく聞けたら、その経験を活かしてあげれる学びを我が子に教えてあげられるからです。


ゲームをお友達に貸さないで自分だけしちゃいけませんよと、その子は以前教えてもらっていたとしても、それが何故いけないのか?それがどれだけ相手に嫌な思いをさせるのか?本当に経験できて判る事が今できたわけです。

ですから、良い経験をしたわけです。

自分が嫌な思いを体験をする事によって、その子は教えてもらったことの本当の意味が初めてわかりますし、自分は人にこんな嫌な思いをさせないようにしよう!とそこから学べれば、後々その子は人に好かれる言動をできる子になり、もしその相手の子が本当に自分勝手なわがままな子だとしたら、その我儘な子とやらは人に嫌われていくわけです。

嫌われていく子とお友達っぽくしていたら他の子にも敬遠されてしまいますから、離れていいわけです。

その嫌な体験があったからこそ、誰でもお友達になろうとしなくていい事を学ぶわけです。

しっかり相手を観て人を選ぶことの大切さや、前もって外で遊ぶ?どっちかの家で遊ぶ?何して遊ぶ?って最低限の事前確認をしていなかったことの心づもりの甘さも学べるわけです。

そういう事を、親が最後までしっかり教えられるようにならなきゃいけません。

 

嫌な経験を嫌なことのままで終わらせたら、なんの学びもなく、その子の為になりません。

あるいは、被害者意識の言葉を多く使えば相手だけが悪者になって、自分は何も変わらなくていいんだ、何があっても相手のせいにしちゃえばいいんだと良くない癖がついてしまいます。

 

親は、子供に詳しく起きたことの話を細かく細かくヒアリングして、子供が最初は言ってなかった事が無いか?正確に把握してから、“こういう事が、この出来事から学べたから、それは起こって良かった事なんだよ!”とまで言ってあげれて初めて子供は、その嫌な経験を嫌な経験のままでは終わらせず起きて良かった経験に変えられます。


『いろんな事が学べてかえって良かったじゃん!その経験をこれから活かそうね!これから、こうすればいいよ!』と【最後の締め】まで、親は持っていってあげてください。

せっかくの学びのチャンスを活かしてあげてください。

 

子供が体験することは、同時に親にとっても勉強そのもの!

受け身な被害者として生きる人間にはしないように・・・

自分が変わる事、学ぶ事をサボる人間にはしないように・・・

起こる現象は自分次第、起きたことは本人の受け取り方で良くも悪くも変えられるという事をしっかりと親は教えてあげてください。

最後まで、意識して我が子の日々の貴重な体験を見逃さず、“その出来事からの学び事”を明確に示してあげて、言葉にして教えてあげてください。

そうすれば子供は気分よく嫌な思い出を残したままにせず心の整理がついて、次に進めます。

バージョンアップして前に進めます。