#31  「ささやま情話」と昭和34年の紅白歌合戦 | 吉岡 暁 WEBエッセイ ③ ラストダンス

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WEBエッセイ、第3回

          

 

何を隠そう、私は来年こそ「ささやま情話」を書き直すと決めた。

この小説は私の幻の処女作であり、詳しくは以下に書いている。

 私の幻の処女作『ささやま情話』 ~ 丹波篠山の思い出

何であれ、私はこれが若書きにありがちな感情過多の自家中毒、アメリカン・ソープドラマのような陳腐極まりない作品に堕すのを恐れて、原文の三島由紀夫気取りの文体を根こそぎ変えてやろうと決心した。採用したのはノンフィクション・タッチの文体で、従って語り口も乾いたものになる。
ここまでは良かった。しかし、いきなり小説の冒頭の設定で躓いた。
<昭和34年秋の終わりの寒い夜、ひとりの衣料メーカーの役員が、国鉄大阪駅から福知山線に乗って、丹波篠山へと向かう。>
この時代、福知山線は電車でなくディーゼル列車が走っている。特急、急行は何という名前だ?夜の最終列車は何時発?何番線?
そういうディーテイルを描きたいので、私は冒頭の写真の古雑誌をネットで買い求めた。結構高かったのに、肝心の福知山線についての情報は何一つ載っていなかった。
 

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話しは電車だけでは終わらない。

自分が小学生だった時代を再現するのは実に難しい。まず自分の記憶があてにならない。

その前年に伊勢湾台風という大災害があった筈なのに、殆ど何も覚えていない。

従って、何か一つのエピソードを記述するにも、データの山を取り揃えなければならない。

例えば、下記の表は昭和34年の紅白歌合戦の出場歌手である。

  

荒井恵子

曾根史郎

雪村いづみ

旗照夫

藤本二三代

若山彰

朝丘雪路

武井義明

織井茂子

若原一郎

松島詩子

伊藤久男

ザ・ピーナッツ

和田弘とマヒナ・スターズ

松山恵子

青木光一

島崎雪子

山田真二

二葉あき子

林伊佐緒

水谷良重

水原弘

ペギー葉山

フランク永井

島倉千代子

三橋美智也

江利チエミ

フランキー堺

中原美紗緒

芦野宏

大津美子

神戸一郎

藤沢嵐子

笈田敏夫

奈良光枝

三浦洸一

淡谷のり子

灰田勝彦

宝とも子

ダークダックス

有明ユリ

藤崎世津子

コロムビア・ローズ

藤島桓夫

石井好子

高英男

越路吹雪

森繁久彌

楠トシエ

三波春夫

美空ひばり

春日八郎

 

さすがに6割程度は名前も顔も覚えているが、子供だっただけに愛着や思い入れが少ない。

これは小説にとっては命取りだ。下手をすると新聞記事になる。

また、資料やデータはその気になればいくらでも入手できる。できるが、その殆どは実際には使わないことが多い。頭の中でそのシーンをカットすれば、それまでだ。


ノンフィクション・タッチというのは、何かにつけて手間を喰う。

例えば、作中に「頼尊橋」という橋が出てくる。この辺りの風景を、私はGoogle mapで数えきれない程「探索」した。学生時代に行った頃と、地形的に大差はない。

けれども、数行書き進めるうちに、常に問題が起こった。

昭和34年当時、この頼尊橋は今のようなコンクリートの橋だったか?それとも木橋だったのか?

分からない。誰に聞けば良いのか?篠山市役所?それも分からない。
 

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どうあれ、私は思った。多分、人生最後の面白いこと、楽しいことを見つけた、と。

何としても仕上げよう。少なくともこれで「小説書け!」と、娘にケツを蹴られずに済むではないか。

するとそこへ、見透かしたように、社内の連絡メールが来て、およそ100万円ほどの見積をしたという。そのクライアントは数十年来のありがたい顧客で、これまで見積は単なる事務手続きに過ぎず、見積依頼が来れば必ず注文も来る。私も当然巻き込まれる。

正直、私に残された体力や気力はそう多くない。従って、仕事はもうありがたくない。

だが、そうは言っても100万の受注をあっさり蹴るほどリッチでもない。

さてどうしよう?

う~む、と唸る2023年の暮れ。

 

                                                          (2023/12/27)

 

 

 

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