「シュット! どこだ、返事をしろ!」
俺たちは教会の中を探し回る。
と言っても狭い教会の中だ、場所は限られている。
聖堂、神父の部屋、そして、俺たちの部屋。
全員で全ての部屋を見て回るも、そこにシュットの姿はなく、
俺たちの呼びかけにも返事はない。
埃が積もっているのだから、足跡をたどればよかったのだろうが、
そのことに気づいたのは俺たちがあちこち、ドタバタと探し回った後になってしまった。
この暗さでは、シュットの足跡を見分けることだって難しいだろう。
念のために教会の外周もぐるりと見て回るも、
そこにもシュットの痕跡は見つからなかった。
俺たちは一旦、寝室へと戻る。
「……シュット、どこ行っちゃったのかしら」
ベルゼが、焦ったように言う。
シュットは、俺たちの斥候役。当然だが、その注意力は凄まじい。
そのシュットが、俺たちのところに戻ることさえできなくなっている。
……最悪の事態が、頭をよぎる。
「万が一、ということもあり得ますわね……」
クロネのつぶやきに、イヒトが冷静に返す。
「決まったわけじゃない。
ただ、僕らが見つけられていない、それだけのことです」
イヒトが、彼なりのフォローの言葉を入れる。
「その通りだ。俺たちに出来るのは、諦めずに探すことだけだ」
俺も、そう言っては見たものの、全員でゆっくり回ったとしても、
10以内に探索が終わる程度の、ごく小さな教会。
この中で、人間一人が見つからない。
その事実が既に、異常事態以外の何物でもない。
嫌な予感を拭うことは、できなかった。
俺たちはもう一度、今度は手分けして教会中を探す。
やはりシュットの手がかりは、何一つありはしなかった。
「もう、帰りません? リューンに」
ロイナが、欠伸をしながら言う。その言葉に、ベルゼが激怒する。
「シュットを見捨てろっていうの!?」
「だって、マジムリっしょ。こんだけ探しても見つからないって、普通じゃないっていうか。
ぶっちゃけ、無事とは思えないじゃん。
これ以上探索なんか続けたら、二人目の犠牲が出るんじゃないスか?」
二人目の犠牲……。
その言葉に、俺たちは、口を噤む。
「もしドンちゃんが無事なら、一人でひょっこり帰ってくるかもしれない。
そしたら、そん時謝ればイイじゃないですか。
こんな何が起こるか分からない場所からは、とっとと離れるべきなんじゃないスか」
確かに、ロイナのいう事は、もっともだ。
1人よりも、パーティを。それが、パーティがとるべき道だろう。
あからさまに怪しい教会で、仲間が一人、いなくなった。
その危険の原因が分からない以上、その場を一刻もはやく離れるべき……。
それが、賢い冒険者の生き残り方なのだろう。
だが、俺はどうしても、首を縦に振るわけにはいかない。
「アイツは……シュットは、俺に”置いてかないで”って言ったんだ!!
俺はアイツを置いて、街に戻ることなんかできねぇ!!!」
「な……そ、それ本気で言ってんスか!? マジありえないんですけど。
一人のために、皆を危険に巻き込むつもりなんスか!?」
ロイナの抗議に、クロネが立ち上がる。
「あら、わたくしたちは、危険に巻き込まれているなんて、微塵も思っていませんわ」
クロネはロイナのそばを離れ、俺の近くへとやってくる。
「危険に巻き込まれているのではありません。
自ら、危険に首を突っ込んでいるのですわ」
そういって、涼しげな顔で奥義を広げた。
クロネの言葉に、クツクツと笑ったのはベルゼだ。
「その通りよ! アタシたちは、自分の意思でシュットを探すだけ。
ロイナ、アナタは帰るんなら、帰っていいわよ。
悪いけど、護衛にはつけないけどね」
ベルゼも、俺たちに肩を並べた。
ロイナは、祈るような表情で最後に残った、イヒトの顔を覗きこむ。
イヒトはいつもと変わらぬ表情で言う。
「僕は、みなさんと一緒に行くだけなんで」
その一言に、ロイナは膝をついて頭を掻きむしる。
「さ、どうするの?」
ベルゼの問いかけに、ロイナは「う~」と声を上げる。
ここからリューンまでは、徒歩で数日ほど。
往路では、戦闘にこそならなかったが、狼や猪などの野生動物も見かけた。
危険とまではいかないが、1人で行くには安全とは言い難い。
ロイナは、もうっ、と、自分の膝を叩き、しぶしぶ口を開く。
「分かったよ、ロイナも最後まで手伝うよ!
その代り、危なくなったらロイナすぐ逃げますからね。
期待してもムダっすよ」
「それで構わない」
ロイナは、「やってらんんぇ」と悪態をつきながら、窓のカーテンを開き、外を見る。
「何でロイナ、このパーティに入っちゃったんだろ……。
他のキモい連中より、生存能力ありそうだと思ったのに、
マジヤベーわ、バカばっかりじゃん……」
と、ロイナは窓の外に何かを見つけ、また独り言を言う。
「あ、蛍……。
もーヤダ。絶対やめてやる。
さっさとこんなパーティ辞めて、男でも作って、デート三昧してやる」
俺は「いいからお前も探せ」と声を駆けようと、窓辺のロイナを見る。
すると俺にも、はっきりと窓越しの光が見えた。
ロイナが、蛍と呟いた、その光。
けれど、それは蛍というには、あまりに違和感がある。
蛍色というには緑味に欠けていて、光量もある。
なにより、蛍というには、あまりにも大きかったのだ。
光は、徐々にこの部屋に近づき、そして、
窓をすり抜けて、部屋の中へと入ってくる!
「ヒィ! な、なに!?」
慌てるロイナの横をすり抜けて、その光は、
俺たちの取り囲む部屋の中心に踊りでる。
(ウィスプ!?)
俺は、難破船での戦闘を思い出し、咄嗟に獲物を構える。
だが、それは俺が今まで戦ってきたウィスプとは、様子が違うようだった。
(温かい……?)
通常、ゴーストなどと対峙する時は、どちらかといえば、
体の芯から震え上がるような、張りつめたような肌寒さを感じるものだ。
が、この光から感じるものは、全くの逆。
どちらかと言えば、温かい、好意的なものを感じる。
……この感じ、どこかで……?
「夢の、光……?」
ベルゼが、ぼそりと呟く。
だがその一言を聞いて、俺の体に稲妻が走った。
「ベルゼ、お前も見たのか、あの光の夢」
いや、俺やベルゼだけじゃない。
ロイナを除く全員が、同じ感覚を共有していたのだった。
「な、なにノンキにしてんスか、ちゃちゃーっと追っ払ってくださいよ!」
部屋の隅で怯えるロイナに、ベルゼが言う。
「これは敵じゃないわ。多分だけど」
「た、多分って……」
あの夢を見ていない奴に、この感覚を説明するのは難しいかもしれない。
温かく、なんとも言えない、安心感。
もちろん、この光を全面的に信用するわけじゃないが、
相手からも襲ってはこないところを見るに、どうやら敵ではない、というのは正しいらしい。
そしてあの夢が正しいのなら……
「光の向うの、悪寒を追っていった影。あれは」
「シュット、でしょうね」
クロネが、扇子の先を甘く噛む。
俺は思わず叫ぶ。
「なあ、教えてくれ! シュットを連れて行ったのはお前なのか!?
俺たちをどうしようっていうんだ!」
俺の言葉に、光は何も答えない。
ただ、くるりと輪を描いたかと思うと、入り口の扉をすり抜けて、部屋を出て行ってしまう。
俺たちは、反射的にその光を追いかける。
「追うんスか!? 絶対、罠に決まってんじゃん」
駆けだす俺たちに、ロイナが叫ぶ。
「だったら、お前は部屋に居ろ!」
「そんな……こんなところに、一人で居られるかっつーの!」
なんだかんだと煩いロイナを引き連れて、俺たちは教会の廊下を走る。
「あそこですわ! 聖堂に入りました!」
俺たちは光の後を追って、聖堂の中へと入る。
聖堂には、誰が灯したのか、無数の蝋燭が立ち並んでいる。
その赤い炎の中に、たった一つ、黄色に揺れる、大きな光が舞っている。
そして光は、聖堂の隅でしばらく立ち止まると、その場に消えた。
俺たちは、その場所に駆け寄る。
すると、先ほどまで、何度探しても気が付かなかった、
奥への扉がひっそりと、そこに立っていた。
「マジ!? こんなところに扉なんて……」
ロイナが目を見開いて、口元を抑える。
俺だって、この部屋を捜索した一人。
気持ちは同じだが、この先にシュットが居るとするならば
怯んでいる暇はない。
俺たちは、その扉を静かに開く。
中には細い廊下と下り階段があり、その奥は闇に沈んでいる。
奥がどうなっているのか、ここからでは分からない。
どうしたものかと思案していると、ベルゼが言う。
「ロイナ、アンタ、吸うんなら持ってるんでしょ」
「うっ、た、確かに持ってますけど……」
ロイナは、袖から小箱を取り出すと、
そこに入っている、先の黄色いマッチを、靴底で擦り、
それを手持ちの松明に灯す。
「ベルゼさぁん、その、ロイナが吸うってことは
アンマリ人前で言わないでほしいな、なんて……」
「シュットが無事に見つかったら、考えてあげるわ」
「うぅ……」
俺たちは、その光を頼りに、階段を一歩ずつ下ってゆく。
幸い、ここまでの所、罠は無い。
階段を降り切ると、道が三叉に分かれている。
そこには、ごく新しい足跡が、三つそれぞれについている。
その中で、唯一戻った痕がついていないのは、正面の道。
つまり、シュットは両サイドの部屋を探索した後、正面の道をすすんだことになる。
「いくぞ。この先にシュットが居るハズだ」
俺たちは扉に手をかける。
が……
「鍵が……?」
なんと、扉には鍵がかけられている。
足跡は部屋の中へ続いているから、シュットが入っていったのは間違いない。
(誰かが、閉めた?)
しかし、今の俺たちにそんなことを気にしている余裕など、ありはしない。
(犯人は、ドアを開けてのお楽しみってか)
俺は、荷物袋に一つ放り込んである針金を取り出すと、
ドアの鍵穴にねじ込む。
「この扉さえ、この扉さえ開けば……!」
募る焦りは、普段から得意ではない細かな作業を、さらに困難なものへと昇華させる。
開かない……!
いくら俺が必死に針金を回そうと、鍵穴はウンともスンとも言わない。
(開け、開け、開け……!)
祈るように回すその針金を、細い手が、奪う。
それは、ロイナの手だった。
「ぶっちゃけ、それじゃムリっすよ。ウケます」
そして彼女は、俺をドアの前から押しのけて言う。
「だから、ロイナがやります」
驚く俺と、同じ心境に至ったベルゼが尋ねる。
「で、でもアナタ、勇将型でしょう……? そう言うのには向いてないハズじゃない。
それに、さっきまで非協力的だったのに、どうして」
ロイナは鍵穴に向かい、その感触を確かめながら言う。
「確かにロイナ勇将型ですけど、ぶっちゃけ鍵開けは、本気のドンちゃんよりウマいッス。
それに、ロイナはただ、ドンちゃんに言ったことを実行してるだけ……
”役立たずには、居場所が無い”ッスから」
ロイナの言葉が終わるか終らないかのところで、扉から、カチャリと音がした。
そしてロイナは、ガッカリしたように言う。
「あーあ、開いちゃった。ロイナ、死にたくないッスからね。
ドンちゃん引っ張って、さっさとかえりましょ」
その言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。
……コイツ、案外……
「スダン、今はそんな場合じゃないわ」
ベルゼの言葉に、俺は我に返って、扉に手をかける。
「覚悟はいいな?」
俺の言葉に全員が頷く。
俺が扉を開くとそこには……
「シュット!」
床に伏して倒れるシュットの姿。
そして、もう一つ。
「何、コイツ!?」
そこには、俺たちを狂気をはらんだ瞳で見つめる異形の姿があるのだった。



