俺たちは六人揃って、件の洞窟を目指す。
場所は、以前に俺たちが訪れた所と同じ。
ゴブリンたちが巣食いやすいものの、
文化遺産だかなんだかの都合で、そのまま放置されている洞窟。
人呼んで”ゴブリンの洞窟”である。
「……ハクシュ!」
道中、イヒトが鼻をぐずらせる。
「どうしたイヒト。風邪か?」
俺の言葉に、イヒトはハンカチでそれを拭いながら答える。
そこから出てきた言葉は、俺がまるで想像もしていない言葉だった。
「ええ、うつされました……掌破を」
「……は?」
俺は思わずイヒトの顔を見る。
イヒトは、相変わらずの仏頂面だ。とても冗談を言っているようにも聞こえない。
そしてイヒトは、そのままもう一つ、くしゃみをする。
「は……は……破くしょん!」
鼻水と同時に、イヒトの掌からポン! と、小さく掌破が飛び出した。
なるほど、掌破をうつされたかぁ。
季節の変わり目は掌破をひきやすいという。
こりゃあ、俺も気を付けないといけないなぁ、はっはっは……
「……ってなんじゃそりゃ!?」
風邪をうつすならまだしも、掌破をうつすなんて初耳もいいところだ。
曰く、リューンを歩いていた通りすがりの男にうつされてしまったらしい。
掌破とは感染症だったのか……
そういえば、俺たち6人で既に8枚、これで9枚目の掌破を所持してしまったことになる。
これは単なる偶然なのだろうか?
もしや、俺たちは今、掌破に感染し、媒介となっているのではないか?
そんな突拍子もない不安が、俺の頭をよぎり、
意味もなく前進の毛が逆立つ感じがする。
「あ、掌破といえばロイナもー!」
そう言うと、ロイナも一枚の技能カードを取り出す。それは……

「ベルゼ先輩からもらった掌破、デコってみたんスよー! めっちゃカワイーっしょ!?」
……そのカードを見て
おれは かんがえるのを やめた。
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「……! みんな、止まって」
シュットの声に、俺たちは軽く、物陰に身を隠す。
目を凝らすと、がけ下にポッカリと口を開ける洞穴と
その前をうろつく、緑色の頭が一つ見える。
「ゴブリンね……この洞窟に間違いないわ」
ベルゼの声に、全員が頷く。
以前に俺が壊した天井が、洞窟横に片付けられている。
間違いない、ここが、まぎれもなくリベンジ、ゴブリンの洞窟だ。
ベルゼ、シュット、クロネにとっては2回目、俺にとっては3回目となる
欲しくも無いゆかりが深い場所だ。これが腐れ縁というやつか。
しかも、その2回ともが、俺たちの敗走。
駆け出し冒険者の最初の仕事と言われているゴブリン退治。
そのゴブリン退治のヤマで2度もこけているという事実は、
俺にとってはかなりのプレッシャーにもなっているのだ。
「今日こそは、奴らに出て行ってもらわないとな」
自然と、俺の体にも力が入る。
単騎特攻して、初めて倒したゴブリンの感触、その瞳。
眠りの雲が上手く効いて、調子に乗った洞窟奥での戦い。
肌を霞める、魔法の矢の恐怖。
この場所にくると、そのどれもが実感を持って
また目の前に戻ってくるようだ。
俺はひとつ、唾をごくりと飲み込む。
(俺たちは、本当にこの依頼をこなすことができるんだろうか……?)
言い知れぬ不安が、俺を襲う。
「スダン……?」
ベルゼが、俺の顔を覗きこむ。
「どうしたの。唇まっさおじゃない」
俺は、精一杯の調子で返事をする。
「いや、なんでもないんだ」
そう言った俺の声が、裏がえる。
……なんて情けないことだろう。
”たかが”ゴブリン退治程度のことに、
これだけ神経をとがらせなくてはならないなんて。
俺は、精一杯の冷静な声で皆に言う。
「慎重にいこう、そうすれば必ず勝てる。慎重に……」
俺はみんなに、いや、自分自身に言い聞かせるように、そうつぶやく。
ふと、俺の腕に、シュットの手が触れる。
「スダン。焦っちゃだめ」
そう言って、静かに首を振った。
「私たちが、ついてる」
そう言うと、シュットは軽く、ニコリとほほ笑んだ。
気が付けば、全員が俺の顔を見ている。
その表情に、俺はハッとした。
俺は、今、どんな表情をしていたんだろうか。
両の頬をパシリと叩いて、俺は気合いを、今度こそ正しく入れなおす。
「すまん。ガラじゃあなかったな」
俺の一言に、皆、何をやっているんだか、といった表情で笑って見せた。
「それじゃ、突っ込むわよ! ゴブリンどもに目にもの見せてやりましょ!」
力強く拳を握るベルゼの頭を、クロネが扇子でピシリと叩く。
「それで前回痛い目を見ているでしょう! 貴方は何度やれば学習しますの!?」
「あれ、イヒトくんは!?」
シュットの声に振り向くと、イヒトは何やら、気の根をじっと見つめている。
「見たことないキノコが……」
「やばw マジうけるw」
まとまりのない光景を見て、ロイナが腹を抱えて笑う。
それに俺もつられて笑う。
ああ、そうだ。うちのパーティはこうでなくてはならない。
そして、”このまま”ではダメなことも、俺自身よく分かっている。
俺は手早く全員を集めると、小さく円陣を組ませる。
「セオリー通りにいこう。クロネが眠らせ、シュットが仕留める。
見張りを倒したら、ロイナを先頭、シュットを最後尾に、安全を確保しながら進む。
敵と戦うことになったら、俺とベルゼが縦になる。
イヒトは切り札、回復役だ。ムチャはするな」
「何かあったら?」
ベルゼの、不意の横やり。
けれど、俺の口からは迷わずに、その答えが出る。
これは、親父からの、威信のかかった大切な仕事。
絶対に失敗は許されない……
”そんなこと”は、実地の冒険者の考えることではない。
俺は、見張りに気づかれないように小声で、
けれど、全員に心が伝わるようにな強い声で答える。
「ヤバくなったら、すぐ逃げるぞ!」
生きて帰る、それが冒険者の、一番になすべきこと。
宿の威信がどうとか、2度も負けていてどうとか。
そんなことを考えるのは、もうヤメだ!
「それでは……ハッ!」
クロネはひょいと身を翻して、音もなく高い木へと登ると
その扇子の先から、糸のように、白い煙を見張りのゴブリンの顔へ向かって
一直線に吹きかける。
「ゴ、ゴブ!?」
ゴブリンは一瞬異変に気が付くものの、眠りの雲の効力は絶大だ。
煙に包まれたゴブリンはあっという間に気を失い、ドシャリと倒れる音が、響く。
それと同時に、シュットが飛ぶ。
「ごめんね」
シュットの短剣が、一瞬煙の中に光る。
数秒後に煙が晴れると、急所を一切りされて絶命した、ゴブリンと
返り値の一つも浴びない、綺麗なままのシュットが立っていた。
「ナイスだ、クロネ、シュット!」
俺たちはその死体を脇によけ、洞窟の中へと駆けこんだ。
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「せぇ~の!」
掛け声とともに、俺のグラディウスが、巨体の心臓を貫く。
洞窟の小部屋で眠りこけていた、巨大なゴブリンに、そのままそっと止めをさしたのだ。
この巨大なゴブリン、そういえば、依然に俺がこの洞窟にやってきたときも眠りこけていた。
どうやらよほど居眠りが好きな種族のようだ。
俺たちにとっては、その習性は非常にありがたかったワケだが。
「……いい体ですわね」
横たわるゴブリンを見て、クロネがポツリとつぶやいた。
「大きい人が、好みですか」
その一言を聞いて、イヒトがほんの少しだけ、目線を下げながらつぶやいた。
イヒトの失意に気づいたクロネは、その手をそっと、イヒトの頭に乗せる。
「言いなおします。これは、いい死体ですわ」
言ってクロネは、魔力を込めた指で、ゴブリンの死体をそっとなぜる。
すると、間違いなく止めを刺したはずのゴブリンの巨体が、
むくりと起き上がったではないか。
「んな!?」
慌てて距離を取り、武器を構える俺たち。
だが、クロネは一人、その場を離れない。
クロネが立ったまま、ゴブリンに向かってその手の甲を差し出すと、
ゴブリンはなんと、膝魔づいてその手に一つ、キスをしてみせる。
「駒は、多い方がよろしいのではなくて?」
そう言ってクロネは、扇子を口元に当てた。
「簡易ですから、この洞窟に居る間くらいでしょうけれどね」
彼女はわらいながら、そう付け加えた。
これが、クロネの死霊術……!
今まで、魔法の矢と大差ない術しか見てこなかったのであまり実感が無かったが、
クロネが扱っているのは紛れもなく死霊術。
あのマハガスのように、盗んだ、それも腐った死体を使役されるのは困りものだが、
こうして目の前で手下作りを見せられると、
ほんのちょっとだけ、死霊術を試みようとする術師が多いのも
頷けるような気がするのだった。
さらに先へ進むと、広間に出た。
そこには、どこから入り込んだのだろうか、深く水が溜まっていた。
ベルゼが、興味津々に、その水を覗きこむ。
「……この水、どこかに繋がってそうじゃない?」
言われてみてみると、確かに水の底がぬけ、
どこかに続いているようだ。
「なるほど、水か……」
以前にここに来たときは、そんなものは無かったように思う。
おそらくだが、以前の戦闘で暴れた時に出来た亀裂から水が入り込み
部屋が一つ潰れてしまったのだろう。
そうであれば、その向うに何かあってもおかしくは無いし、
万が一ゴブリンが隠れている可能性もある。
確認の必要はあるだろう。
行き先が水場であれば、適任は一人だろう。
「すまない、クロネ。潜って、先を見てきてくれないか?」
何気なく言った俺の言葉に、なかなかクロネの返事は無かった。
クロネは、何かオドオドと目線を泳がせる。
「そ、その、わたくしゴブリンを使役してしまいましたし、服も濡れてしまいますし……」
珍しく、クロネの物言いに切れがない。
「服? ああ、だったら俺とイヒトは入り口側を見張ってるし、
ゴブリンもそこに置いておけばいいだろう」
「覗こうとしたらアタシがブン殴っておくから、安心して!」
と、ベルゼがダメ押しをする。
その言葉に、クロネは両手を地面について、頭を下げた。
「わ、わたくし、泳げませんの。どうかご慈悲を……」
ええええええええ!?
意外すぎるその言葉。
水を得た魚ということばがあるくらい、水と魚は切っても切り離せないもの。
限に、魚人だろうが人魚だろうが、どちらも泳ぎにとても長けた種族とされている。
泳げない魚人、なんて、ありえるのか!?
「だって……じゃあ、そのエラは、ヒレは!?」
「コレは、後天的なものですもの……
いままで、ヒレで水を掻いたことも、エラで水中呼吸をした経験もないものですから……」
そ、そうなのか……。
どうやら魚人の血は、クロネにとって本当にマイナスにしか作用していないらしい。
誰しもが、複雑な事情を抱えて生きているのだなぁと、改めて思った。
「じゃあ、私が」
言うが早いか、シュットはためらうことなく水の中に飛び込んでゆく。
「何と勇敢な……」
そうつぶやくクロネを、ロイナが指を指して笑い転げていた。
結局、水の向うにゴブリンの姿はなく、一枚の大きな鏡があっただけのようだ。
俺たちはとうとう、洞窟の最深部へとたどり着いた。
「きぃぃっ!!」
若いゴブリンが二人、俺たちを牽制するかのように尖った声を出す。
それを制するかのように、ローブをまとったゴブリンが
ゆっくりと俺たちの前へと出た。
自然、俺も一歩前へ出る。
そのゴブリンの額には、以前、俺が魔法の矢で撃った傷がハッキリと残っている。
間違いない。今まで俺と、2度も痛み分けになっている、あのゴブリンシャーマンだ。
俺はなぜか、ゆっくりと口を開き、ゴブリンに呼びかける。
「お前とも、腐れ縁になっちまったな」
普段なら、こんなバカなマネは思いつくことさえないのだろうが、
この時だけはなぜか、通じるハズもない言葉を、ゴブリンに向かってかけていた。
俺の言葉に、ゴブリンは静かに声を出す。
「ゴブッ、ゴブッ」
奴さんは、何をいっているのだろう。
いつも身勝手に討ち入ってくる俺に怒りを覚えているのだろうか。
なぜ戦わねばならないのかと、悲しみに浸っているのだろうか。
それとも、互いに縄張りを侵し、侵されあう者として
俺と同じように、虚しい親しみを感じているのだろうか。
ゴブリンの気持ちなど、俺には分からない。
ただ一つ分かるのは、
こうして向かい合った以上、いつまでも
感傷に浸っていることなどできないということだ。
「お前との縁も、今日かぎりだ!」
俺は勢いよく、グラディウスを抜き放つ。
それが、開戦の合図となった。
武器を構え突進する俺たち。
そこに壁となって立ちふさがるのは、コボルトたちだ。
どうやら、大将は、そう簡単にはやらせてもらえないようだ。
「オラオラ、どきなさい! 木端微塵にされたいの!?」
ベルゼがその愛剣・巨大なツヴァイハンダーを振らいまわしながら、
敵陣の中へと突っ込む。
当たれば言葉通り、腕でも胴でも引きちぎってしまうほどの勢いの乱打。
その迫力に、コボルトどもはたじろぎ、身を躱す。
もちろんこれはパフォーマンス、戦術で言えばフェイントだ。
本当にこの一撃でやりたいのなら、これほど無駄な動きと体力を
消耗するような技は、攻撃として成立しないだろう。
けれども、ゴブリンたちへの道を作ると言う意味では、大成功と言える。
こちらの意図をいち早く察知したのは、やはりゴブリンシャーマンだった。
サッと構えた杖の宝石が、怪しく光る。
その光を、ベルゼがまともに見入ってしまった!
「何、これ……お花畑?」
一瞬呟いたかと思うと、その顔が途端に真っ青に変わり、ベルゼは叫ぶ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!? みんな、みんな死んでいく……!!??」
その言葉に、俺は以前の経験から、
奴がベルゼに何を仕掛けたのかを理解する。
アレは、肉体的な攻撃ではない。
見た者の心を直接攻撃する、厄介な術……
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ベルゼ、しっかりしろ! 精神崩壊の術だ!」
愛剣を手から落として頭を抱えるベルゼを、
後ろから抱きしめる。
だが、その程度ではベルゼは収まらない。
俺の腕を払いのけ、ツヴァイを振り回そうと必死にもがいている。
葡萄酒でもあればその口にねじ込んでやるところだが、
生憎、先日の死霊術師との戦いで使い果たしてしまった後だ。
……こうなったら、一か八かだ!
俺はベルゼの両頬を挟み込むと、
強引にその口を塞ぐように、唇を重ねる。
「……!!」
ようやく、ベルゼが暴れるのを止めたのを感じ取り、俺は口を離す。
「……ス、ダン……?」
まだ震えながら、それでもようやく焦点が合ってきて
かろうじて俺の眼を見つめることができるようになったベルゼ。
「俺はここにいる。大丈夫、誰ひとり、死んじゃいない」
俺の言葉に、ベルゼは体中の力が抜けるかのように、その場にへたり込んだ。
「あ、アタシ、アタシ……」
まだ混乱する様子のベルゼに、俺は言う。
「まだ、自由に戦えないだろ。もう少し休んでろ」
「……うん」
ベルゼは肩で息を息をしながら、呆然とその場に座っていた。
(しかし、参ったな)
ベルゼは、俺たちの中で、一番の腕自慢。
コイツが初っ端に戦闘不能では洒落になっていない。
(マジで撤退もあり得るか……)
簡単と言われるゴブリン退治で、なぜこうも立て続けに、
危機がやってくるのだろうか。
相性が悪いとはいえ、程があるだろう。
俺たちの”戦士”の戦闘不能を見て、臆病だったコボルトどもが活気づく。
奴らは持ち前の素早さを生かして、俺たちの背後、部屋の入り口を封鎖する。
ゴブリンの瞳が、逃さんと言わんばかりに、鋭く見開かれる。
俺たちは一旦、隙を見せぬように背を合わせて
奥のゴブリンと、入り口のコボルトそれぞれに切っ先を向ける。
「ちょ……これ、ヤバくないスか?」
ロイナがその頬に、汗を走らせる。
「このまま挟み撃ち、じゃ、お話にならないッスよ」
そんなことは分かっている。
ゴブリンゾンビも含めて数の面では互角とはいえ、
混乱状態のベルゼを守りながら戦うのは、得策とは言えない。
「一旦、出口を確保するぞ。それさえできれば、戦力的には問題ないはずだ」
俺の言葉に、クロネが扇子を振る。
「では、わたくしが」
扇子の動きに応じるかのように、
今まで大人しかったゴブリンゾンビが、咆哮とともに
入口のコボルトたちに向かって走り出す。
「ゴブゥゥゥゥ!!」
その巨躯から繰り出される鉄拳は、
逃げ遅れたコボルトを巻き込みながら、岩肌へと食い込んでゆく。
「何て威力だ!」
「いいましたでしょう、”いい体”だって!」
ゴブリンゾンビの戦力は、コボルトたちに比べて圧倒的だ。
「さあ、思う存分やっておしまいなさい!」
クロネの言葉に、ゴブリンゾンビは壁から抜けなくなった腕をちぎり捨て、
片腕だけでもう一度、コボルトたちへと向かう。
その凄まじいさっきに、コボルトたちは毛を逆立てて逃げ惑う。
そのまま、ゾンビの攻撃だけで、この戦いが終わってしまうのではないか?
俺が抱いた淡い期待を、一つの声が打ち砕く。
「ゴブッ、ゴブッ!」
ゴブリンシャーマンが、コボルトたちに何かを叫ぶ。
すると、一匹のコボルトが、ハッとしたかのように、
腰につけた布袋の中に手を突っ込む。
そして、そこから取り出した何かを、ゴブリンゾンビに向かって投げつける。
その何かは、バシャリと音をたてて、ゴブリンゾンビの頭に叩き付けられ、砕け散った。
反撃としては、あまりに弱々しい攻撃。だが。
「ゴ……ブ……」
その瓶から飛び散った液体を受けて、ゴブリンゾンビはゆっくりと動きを止める。
そして、魂が抜けたように膝から崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
「せ、聖水ですの!? なぜゴブリンが」
クロネの同様に、ゴブリンシャーマンがニヤリと笑う。
その表情をみて、俺は事態を察知する。
(ヤロウ、備えてやがったか)
前回俺たちがこの洞窟に侵入したとき、パーティには既にクロネも居たし、
死霊術だって使っていた。
あのゴブリンは同じ魔術師として、クロネの術が死霊術であることを見抜き、
このような事態に備えて、聖水を入手していたに違いない。
これで、ベルゼに引き続き、ゴブリンゾンビが完全にノックアウトされたことになる。
相手の被害はマイナス1、こちらはマイナス2。
「やってくれるぜ……!」
俺は確信する。
俺がこいつ等から何度も辛酸をなめさせられているのは、
何も運が悪かっただけじゃあない。
こいつらの親玉、あのゴブリンシャーマンが
並々ならぬ用心深さと、魔術に対する見識を持っていることが原因だったんだ!
ゴブリンシャーマンが、遠くでまた、青い杖を構える。
「見るな! また精神崩壊の術が来る!」
これ以上被害が広がれば、生還さえ困難になりかねない。
ここで精神崩壊の術を食うような事態は、絶対に避けなければ……
うろたえる俺の前に、小さな影が一つ躍り出た。
「イヒト!?」
「目をつぶってて下さい」
いつも通りのぶっきらぼうに、イヒトが言う。
シャーマンの杖には、もう青い灯がともりはじめている。
俺たちはイヒトの言葉を信じて、ギュッと目を瞑る。
「ギャァァァァァァァ!?」
だれかの、しゃがれた叫び声が響く。
その声に俺たちは、そっと目を開く。
すると、ゴブリンシャーマンは目を見開き、頭を抱えて口から泡を吹く!
「……せいこう」
つぶやくイヒトが、両腕で何かを抱えている。
「……鏡!」
それは、シュットが水場の奥から拾ってきた、一枚の大鏡だった。
「光を媒介にした術なら反射できるかとおもったのですが、うまくいきました」
「ナイスだ、イヒト!」
精神崩壊の威力は、ベルゼの反応を見れば折り紙付き。
自分自信の術で戦闘不能に陥っていれば、世話はない。
イヒトのファインプレーで、一番厄介なヤツの動きを封じ込めた!
「ゴ……ゴブゴブ!!」
大将が苦しんでいるのを見て、しかしゴブリンたちは、
逃げる選択ではなく、俺たちを仕留めにかかる気らしい。
若いゴブリンの叫び声で、ゴブリンとコボルトが
両面から一斉に襲い掛かる。
(各個撃破か!?)
敵は5匹、こちらも5人。
いや、イヒトが鏡を抱えている。手数が足りない。
少なくとも誰かがイヒトを守らなくてはならないが、
俺だってベルゼを抱えている。
無理だ、守り切れない……!
ゴブリンたちは、もう目の前まで迫っている。
「みんな、息を止めて!」
次に叫んだのは、シュットだった。
その言葉と同時に、シュットを中心に、
同心円状に煙が勢いよく放出される。
「ゴ……ブ……」
煙をまともに吸い込んだゴブリンたちは、
フッっと意識が飛んだように、
白目をむいたまま地面に倒れ込み、やがて大いびきをかき始める。
煙が収まったころ、その光景を見たロイナが
驚きの声をあげる。
「これ、眠りの雲……? でも、なんでドンちゃんが!?」
シュットは、ちょっと自慢げに鼻をこすって
手に握った、青い指輪を掲げる。
「この指輪、前から使ってみたかったの」
「あッ!」
その懐かしいアイテムに、俺は思わず声を上げた。
それは以前、幽霊船を探索した際に
依頼人から報酬にと渡された、魔法の力のある指輪。
通称”催眠の指輪”だったのだから。
「いままで機会がなくて、忘れかけてたんだけど……」
そう言ってシュットは、力を失って光の弱くなった指輪を、懐へとしまった。
言われてみれば、あれから格上やアンデッドと戦ってばかりで
このアイテムを使う機会なんか、一度も無かった。
相手を選べば、こんなに便利な道具だったなんて……!
「油断しちゃだめッス。まだ、大物が残ってる!」
ロイナの声に、俺たちはもう一度、洞窟の奥を向く。
そこには、精神崩壊の術で倒れたはずの、ゴブリンシャーマンが必死に
杖を支柱に立ち上がってきているのだった。
「……そうだったな。お前を倒さない限り、俺たちの依頼は終わらないんだ」
俺たちは、最後の戦いに向けて、体を構える。
ゴブリンシャーマンの動きに呼応するかのように、
ベルゼもまた、俺の肩をたよって、なんとか立ち上がると
指で軽く唇を抑えながら、ギリリと奥歯を噛む。
「あんにゃろう……タダじゃ済まさないわ……!」
なぜか、戦闘開始前よりもずっと気合いと怒りの入っているベルゼ。
確かに、精神崩壊の術は強烈だからな。
頭に来ても仕方ないか。
その気合いに、俺の心も感化される。
「ああ。ビシッと決着、つけてやろうぜ!」
ベルゼはツヴァイを地面に突き立て、右の掌を縦に構える。
すると、その掌は気合いを帯びて、強烈な光を放ち始める!
俺も同じく、ベルゼと肩を合わせるように、左手を出し、そこに気合いを乗せてゆく。
「まったく、またそんなスキル……威力が足りなかったら、どうするおつもり?」
クロネがさりげなく、俺の後ろで、掌を構え
「私だって、もう踊りこなせるもん!」
シュットの周りに、花びらが舞い
「ロイナの掌破がいちばんカワイイしー!」
ロイナの手に、謎のデコレーションが施され
「じゃ、ぼくも」
しれっとイヒトが顔を出す!
俺たちはその掌を向けあい、高く掲げる!
その間に巨大な光の球が現れ、俺たちの気合いに応じて
徐々に巨大に、巨大に膨らんでゆく!
「ゴブッ! ゴブッ!!!」
ゴブリンシャーマンが杖を叩き付け、負け惜しみのように叫ぶ。
答えるように俺は叫ぶ。
「恨みはないが……なんて台詞は、ガラじゃねーな。
俺とお前の決着は、この一撃だ……受け取れッ!!!
はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
六人分の光が、ゴブリンを包み込んでゆく!
真っ暗な洞窟が、目も開いていられないほどに眩く光る。
その光を、6本の腕が、天井へ向かって押し上げていく。
「フィニーーーーーッシュ!!!」
振りぬいた腕の先から飛び出す巨大な光球。
ゴブリンシャーマンはその光とともに洞窟の天井を突き抜けて
空の彼方へと消えて行った……。
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ガランガランとドアベルが鳴り、親父さんの声が飛ぶ。
「お帰り。仕事の方は……」
親父さんは、俺たちを見て、にやりと微笑む。
「上手くいったみたいだな」
その言葉に、俺たちは互いの恰好を見比べ合う。
水に濡れ、ゴブリンの血のりが飛び散り、どこでぶつけたのか、あちこちに擦り傷ができている。
恰好だけ見れば、敗走してきたときのそれと、何ら変わらないようにも思えた。
これのどこを見れば、「上手くいった」なんて言葉がでてくるんだろう。
そんな疑問を見透かしたかのように、親父は笑う。
「表情だよ、表情。いい顔してるじゃないか」
「この顔が?」
ベルゼが、悪戯っぽく、イヒトの無表情な両頬をひっぱった。
「……いたい」
どこからともなく、笑いが漏れる。
「さ、入った入った。そんなところにたむろされちゃ、営業妨害だぞ」
親父さんも、言葉とは裏腹に満足気にそう、俺たちに言うのだった。
俺たちは、親父さんに促されるままに席に着き、エールとジュースで乾杯をする。
話のネタはもっぱら、今日の戦いについてだったり、
戦利品の杖や、よく分からない透明な饅頭についてだったり、
気分を良くしたロイナが、即興で始めた歌だったり。
ひととおりの話を終えて、親父さんが不意に語り始める。
「何はともあれ、これでお前さん方は、立派なパーティだ」
親父さんも、珍しく俺たちに付き合って、グッと一杯エールを煽る。
「親父……」
俺のみならず、全員が親父の顔を見た。
これほどまでに嬉しそうにしている親父を
俺たちは久しぶりに見た気がするのだ。
「正式なパーティには、名前が必要だろう?」
親父がパンパンと手を叩くと、カウンターの下から、
一枚の、大き目な飾り板を取り出す。
そこには、一つの小さな亀の甲羅が飾り付けられており、
親父の筆文字で、力強くこう書かれていた。
俺たちは全員同時に、その文字を口にする。
「「「「「「”スダンの亀”……?」」」」」」
親父は、満足気に頷く。
ベルゼが、苦笑いをしながらツッコんだ。
「親父さん……コレ、悪口で言われてたヤツよねぇ……?」
その言葉に親父は、まあ聞けと、ひとつ息を吐く。
「ワシはなぁ……お前らをそれぞれ、心配してたんだ。
1人1人が、パーティにおけるヒビ割れみたいなもんだ。
どこのパーティでもやっていけなかったあぶれ者……それがお前らよ」
親父は続ける。
「だが、そんな連中が6人集まってみるとどうだ。
支えあい、助け合い。成功、時には失敗しながら。
しっかりと、一つのパーティとしてまとまったじゃあないか。
一人では、ヒビ。けれどそのヒビが6本入れば、
何物にも砕けぬ六角の亀甲となる……」
「それで、”スダンの亀”……」
「どうだ? 悪い名じゃあないだろう」
その言葉に、俺はもう一度、皆の顔を見る。
ピョンピョンと飛び跳ね喜ぶシュット。
クロネは感慨深いかのように、その看板をそっと撫ぜ、
イヒトは、飾りの甲羅に興味津々。
ロイナは「ダサ~、ウケるー」と腹を抱えて笑っている。
そして、ベルゼがそっと、俺の肩に手を乗せる。
「堂々と受け取んなさいよ、リーダー」
そう言って、いつになく柔らかい笑顔で微笑む。
だから俺は、こう返す。
「重そうだ。半分頼むよ」
俺とベルゼは、娘さんから、その飾り板を受け取る。
ずっしりとした感触。
見た目よりも、いや、実際の重さよりもはるかに、重たいように感じられる。
そして、一人、また一人と、板の下に手を伸ばし
全員でこの看板を支える。
「アタシたち、これで正式に……」
「ああ。これで正式にパーティ結成。
”スダンの亀”、結成だ!!」
そうしてその日から俺たちの宿に
初めて、俺たちのパーティの名前が、掲げられるのだった。
----------------------------------------------------------
宿:米シック亭
パーティ:スダンの亀
依頼:ゴブリンの洞窟(+ ごく普通のゴブリンの洞窟)
結果:報酬600sp 入手:200sp 賢者の杖 鏡 水まんじゅう ゴブ洞の歌 パーティ名
レベルアップ:
シュット 2 → 3
ツケ:
スダン -4000sp(支度金)
ベルゼ -4000sp(カウンター修理費)
シュット -4000sp(壁修理費)
クロネ -4000sp(遺跡弁償代)
イヒト -4000sp(聖北退会違約金)
計 -20000sp
CWリプレイ 「スダンの亀」 第一章 パーティ結成編
完









