第三話 ドンくさい盗賊(掌破の洞窟 → アケロンの渡し) その7(3話ラスト) | スダンの亀

スダンの亀

CardWirthリプレイ「米シック亭」の「スダンの亀」です。
基本テキトー、あと脚色99%原作無視のリプレイでお送りできればと思っております。
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「……追ってこないわね」

 

 ベルゼの言葉に、俺は胸をなでおろす。

 海魔は予想通り、この倉庫室へ追ってはこなかった。

 スキュラは、水辺の魔物である。

 長い時間水の外には出られないため、深入りするのを嫌うだろうと予測した、俺の読みがあったのだ。

 

 俺はその理由を説明しようと、口を開く。

「ガバッ……ゴホゴホッ……」

 しかし、言葉よりも先に、吐血がが喉を塞いぐ。

「ムリしないで」

 ベルゼは、軽くさすりながら、俺を床へと下ろす。

 

 全く情けない話だが、シュットを庇った俺は

 海魔の攻撃に吹っ飛ばされて気を失ったらしい。

 ベルゼが居なけりゃ、シュットともども、今頃海魔のランチになっていたことだろう。

 

「……シュットは?」

「大丈夫。気を失ってるだけ」

 

 ベルゼは半身回って、小脇に抱えられた小さな体を確認させる。

 どうやら無事のようだ。

 あの状況で死人が出なかったのは、奇跡としか言いようがないだろう。

 

「助かったよ、礼を言う」

「ん~、エール3人前。アナタのおごりでね」

 

 ベルゼは肩で息をしながらも、そう笑ってみせた。

 

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 ほどなくしてシュットも意識を取り戻した。

 俺たちは、今後についての話し合いをする。

「スキュラ、しかもあれだけ大型の……アタシたしの手におえる相手じゃないわね」

 珍しく、ベルゼがため息をつく。

「目的の品は回収したんだし、もう帰投すべきじゃない?」

 その言葉に、俺はかぶりをふった。

「いや、スキュラは頭が働く。迎えのボートなんか見つけたら、真っ先に沈めにかかるだろうよ」

「なにか、手はないのかな……」

 全員を、重い沈黙が支配する。

 

 

 

 沈黙を破ったのはベルゼだ。

「……やっぱり、これしかないか」

 ベルゼは何か吹っ切れたように、フゥと一つ息を吐いて言う。

 その力ない目線からは、しかしただならぬ意思が伝わってきた。

 

「アタシがこれから、小船に合図を出してくるわ。二人は船が近づいたら、海に飛び込んで脱出して」

 そうして、愛剣のツヴァイを、重そうに持ち上げる。

「その間、アレの注意はアタシが引き付ける」

「冗談じゃない!」

 俺は思わず声を上げた。

「お前一人見殺しにして逃げろってか!? そんなこと出来るワケねぇだろうが!!」

 自分でも驚くほど、大きな声が出る。

 

 しかし、俺の反応はベルゼにお見通しだったようだ。

 彼女はゆっくりと、呼吸を一つした。

 

「何も、ただ死のうってんじゃない。

 この部屋が安全なら、食料さえおいて行ってもらえれば、1週間は持たせてみせるわ。

 その間に、腕利きの冒険者なり、騎士団なりに連絡して、連れてきてほしいの。

 頼めるでしょ」

 

 ベルゼは静かに、しかししっかりとした口調で言う。

 

 あの化け物を相手に、一人で一週間戦う……それがどんなに無謀なことか

 一度でも対峙した人間なら、すぐに分かるだろう。

 その間この部屋がずっと安全である保障はないし、

 俺たちが駆けずり回っても、騎士団や冒険者が動かない可能性だってある。

 

 生き延びるには、どれだけの奇跡を積み重ねなければならないだろうか。

 

 

 

 俺の気持ちを代弁するかのように、シュットが声を震わせる。

「ダメだよベルゼ……死んじゃう、死んじゃうよぉ……」

 シュットは立ち上がると、猫のようにベルゼへと駆け寄る。

 その両目の端は、遠目からはかすかに光っているように見えた。

 

 光る滴をぼたり、ぼたりと流しながら、シュットはベルゼの足に抱き付いた。

「大丈夫。アタシは死なないわ」

 ベルゼはそっと、その頭をなぜる。

 シュットはブンブンと頭を強くふり、ベルゼを見上げる。

「だったら、私も一緒に」

「ダメよ」

 ベルゼは静かに微笑む。

 けれどシュットは口を閉ざさない。

「ズルいよ! 私ばっかり助けられっぱなしでっ!」

「だーめ」

「私だって戦える! それにアイツの気配だって読めるから!!」

「ダメ」

「だから、いっしょに……」

 

 しつこく泣き縋るシュットに、ベルゼは困ったように暫く目を閉じた。

 そして、それを見開くと、鬼のような形相で叫ぶ。

 

 

 

「しつこい!! ダメっていってるの!

 邪魔なのよ、アナタみたなどんくさいのは!!!」

 

 そう言って、左手の木箱に拳を振り下ろす。

 その蓋はガラス板のように砕け、埃だろうか、中から粉が吹き出し、宙を舞った。

 シュットは口元を抑え、言葉を失う。

 ベルゼが続ける。

 

「仲間にもう一度会いたいんでしょう!!?? だったら、余計なことは考えず

 それだけを考えてればいいのよ!!!」

「落ち着けベルゼ! それに、他に方法があるかも知れないだろ!」

「だったら今すぐ教えてよ! こうしている間にも、奴が上ってくるかも分からないのよ!?」

「……!!」

 

 ベルゼの言ったことは、全て正しかった。

 3人のうち、1人でも多くが生還できる可能性があり、即断性がある。合理性がある。

 でも、ベルゼが生き残れる確率は……

 

 それでいいのか?

 仲間のうち、一人を犠牲にするようなそんなやり方で。

 

 いや、そんなのがいいハズが……

 

 

 

 再び訪れた沈黙の中、ふと、シュットが宙を見つめた。

「……この臭い……?」

 

 

 シュットはふらりと立ち上がると、鼻をひくつかせてもう一度臭いを確かめる。

 そして何かに気づいたように両手で口を覆うと、埃の出所……ベルゼの横にある箱をへと、目線を追って行った。

 箱の中へと半身を突っ込むみ、砕けた蓋をがむしゃらに取り払う。

 中身を確かめると、大きな声で叫んだ。

 

「あった……あった!!!」

 

 突然の歓喜の叫びに、俺とベルゼは面食らって、ケンカをやめる。

 シュットは、この船上で何度目か、涙を流して言った。

 

「あったかも知れない……三人で助かる方法……!!」

 

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「準備はいいな」

 俺はその手に、出港時に合図用にと渡された狼煙……煌弾のスクロールを手に、二人に確認を取る。

 ベルゼとシュットは、力強く頷いた。

 

 

 

 箱の中にあったのは、大量の、しかも上質の、火薬だった。

 

 シュットの作戦はこうだ。

 煌弾の書で、小舟へと合図を送る。当然その音と光に、スキュラは気が付くだろう。

 外に出てきたスキュラが小舟に気が付く前に、俺たちに注意を向かせ、ギリギリで小舟へと脱出する。

 

 もちろん、これだけではダメだ。これでは、その後にスキュラに

 小舟ごと襲われて一巻の終わりだ。

 

 そこで、先の火薬の出番である。

 俺たちは準備によって、簡易的な時限装置を作り、船内に設置したんだ。

 それは、俺たちがこの船を飛び出すと同時に着火する仕組みになっている。

 

 つまり、俺たちが船から飛び降りた瞬間、スキュラは俺たちを追う前に

 船と一緒に海の藻屑となる、という寸法だ。

 

 ヘマをすれば自分たちごと巻き込まれかねないが、

 全員が助かるのに、これ以上の作戦は考えられなかった。

 

 

 

 ちなみにこの火薬、2人にダマって、こっそりと一袋ほど頂戴している。

 アテにしていた金銀が無かったんだ、このくらいは持って帰らないと、骨折り損になってしまう。

 

 

 

「ふたりとも、無事でいて」

 心配そうにつぶやくシュットに、俺は笑いかける。

「大丈夫だよ。オメーのくれたお守りもあるしな」

 そう言って、俺はから下げたタリスマンを取り出し、

 ベルゼとシュット、三人で同じように、それをカチリと合わせあった。

 

 これは、三人で準備を終えた最後の休憩中に

 起用にもシュットがこしらえた、火除けのお守りだ。

 

 休憩しろと促す俺に、平気と笑う。こういうのは得意なのだと。それから……

「今はスダンとベルゼが、私の大切な仲間だから」

 そう言って笑ったんだ。

 

 

 

「始めるぞ」

 俺はスクロールの魔法陣に魔力を込める。

 

 スクロールは一瞬、雷のように光り輝くと、

 甲高い風切り音とともに魔力の弾が打ち出され

 それが巨大な炸裂音とともに、俺たちお遥か頭上で花を開いた。

 

 合図は、間違いなく届いただろう。

 

「これで海魔の野郎も、眠りこけていてくれれば話は楽なんだが」

 俺の言葉に返答をするかのように、壁面を力任せに砕く破壊音がどこかから聞こえる。

 

 

 

「来るよ! 右手側面」

 シュットがその鋭い聴覚で、海魔の位置を察知する。

 俺たちが振り向くと、一本の犬の首がまた、こちらを見て吠えた。

 

「ウガァァァァァァ!!!」

 

 その首は龍のような嘶きで一吠えすると、徐々にその高度があがってくる。

 

 しかし、それは俺たちの想定の範囲。

 黙って見過ごすワケがない。

 

「行くぞ、一斉斉射だ!」

 

 斉射、とはいっても、弓矢などがあるわけではない。

 俺たちは、手元に集めておいた、水の入ったタルや、椅子やテーブルなど、

 とにかく執拗に、投げて投げて投げまくる。

 

 ベルゼの攻撃をしのぎ切ったというその犬頭は流石に頑丈だが、

 雨のように降り注ぐ俺たちの攻撃に、たまらず声を上げる。

 

「ワオォォォォウ!!!」

 

 

 

「よし、効いてるぞ!」

 ここまでは俺たちの作戦通りだ。スキュラは怒りにその目を赤くする。

 おかげで、接近する小舟には全く気付いていない。

 それぞ、こちらの思う壺だ。

 

 だが、流石に海魔は、その程度でいつまでも足止めを出来る相手ではない。

 船全体が、ミシミシと不穏な音をたてる。

 シュットが叫んだ。

「2人とも、下がって!」

 

 俺たちが飛びのくと、床下を食い破り、狂ったように一本の首が出現する!

 まともに当たれば、ケタ違いのパワーだ。

 

「ここはもう無理だ。引くぞ!」

「どこに逃げるの!?」

「船首だ。小舟が付くまでには時間がかかるが、ちょっとの間なら海水浴して待てばいい!」

 俺とシュットは空手で、ベルゼは食料用の、ひろった小タルを抱えて走る。

 大剣の重さを相殺するのには、浮き輪が必要なんだ。

 

 

 

 甲板上に姿を現したスキュラは、潰したはずの一本の頭すら完全に再生させ

 キッチリと7組の頭で俺たちを追う。

 

 その雄叫びは天をも裂かんとする勢いだ。

 

 走りながら俺は叫ぶ。

「いいか、絶対に止まるなよ!

 走り続ければ、簡単には追いつかれない。

 なるべく距離を稼いだ状態で、海に飛び込むんだ!」

 

 そう叫びながら二人を振り返ると、俺は見てしまう。

 ベルゼが踏み出したその、右足の板が、黒く変色していることを!

 

「ベルゼ、足元ッ!!」

「えっ?」

 

 

 

 マズい!

 今、床にはまったりしたら、間違いなくスキュラに追い付かれる。

 生還は絶望的だ。

 

 

 

 ベルゼの踏み込んだ右足は、ベキリと音を縦て真っ二つに折れ曲がる。

 そしてそこにベルゼの体が……沈みこまなかった。

 

 ベルゼに横から抱き付いて支えたのは、シュットだった。

「んぐぐぐぐぐ!!」

 そして、精一杯のちからで、ベルゼの足を、頑丈な部分へと誘導する。

 

「助かったわ、シュット!」

「うん!」

 

 二人はまた走り出す。ロスした時間は一瞬だ。

 スキュラの山のような体は、まだ俺たちから遠く離れている。

 

 その距離を保ったまま、俺たちは甲板を駆け抜けて、選手にたどり着く。

 

「飛べーーーッッッ!!!」

 

 俺たちの体が、同時に宙へと踏み切る。

 一瞬の無重力の後、はらわたが逆さになるような不快感。

 着物を、髪を、逆(さか)になびかせ、縮こまった俺たちの体は、足先から海へと突き刺さる。

 

 

 

 体に纏わりつく泡の景色が過ぎ去ると、俺たちの頭上は青い鏡のような水面だ。

 そしてその青が、一瞬の間をおいて、衝撃とともに夕の赤へと変わる!

 起爆装置起動して、船が大爆発を起こしたに違いなかった。

 

(よしっ!)

 

 俺は思わず、息を止めたままガッツポーズを作った。

 どうやら、俺たちの時限装置は上手く作用したらしい。

 計算通りなら、今頃船は木端微塵、文字通り海の藻屑となって

 漂っていることだろう。

 

 俺たちは安全のため、少し離れたところまで移動してから、水面に顔を出す。

 

「2人とも、無事か?」

 俺の言葉とほとんど同時に、水面に二人が浮かんできた。

「なんとかね」

 水を吐き出しながらベルゼが

「こ、怖かった」

 目を丸くしながら、シュットが答えた。

 

 まずは、全員無事のようだ。

 

 

 

(奴は、海魔はどうなったんだ……?)

 

 海の中からでも、視界が赤く染まるほどの爆発。

 並みの生き物なら、とても生きていられるとは思えない。

 

 しかし、あのスキュラは並みの化け物ではなかった。

 万が一、奴が生きているとすると、水の中では勝ち目などありはしない。

 

 

 

 その疑問に答えるかのように

 俺の後ろを、黒い物体がぷかりと流れてくる。

 

(ウッ!?)

 

 身構える俺だが、すぐにそれはムダだと気づく。

 流れてきたのは、黒焦げになりちぎれ飛んだ、スキュラの首だったからだ。

「……終わったんだな」

 俺のつぶやきに合わせて、船頭が大慌てで波を漕ぎ、小舟を寄せる。

 

「おぉい、あんたたち生きてるか!? 何があった。それに、そいつぁ誰だい!?」

 船頭の問いかけに俺は答える。

「なあに、ちょいと難破の続きを、クルーたちの代わりにね」

 

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「で、そろそろ教えてくれないかい。あの船の上で、いったい何があったのか」

 船頭は俺たちを引上げ、一通り息が落ち着くのを待ってから、そう訊ねた。

 

 俺たちはざっくりと答えてゆく。

 シュットの事。船内にはびこっていたゴースト。そして船員たちを襲った、悪夢について。

 

 説明が終わると、感嘆の声を上げる。

「するってぇと何かい、難破の原因は嵐でなく、海魔の襲撃だったと」

 俺はゆっくりと頷く。

「ああ。それもそんじょそこらの小物じゃないぜ。どうだい、当ててみるかい」

 そう言うと、ムムッと腕をくみ、船頭は頭を捻らせた。

「セイレーン……魚人……いや、クラーケンか、そうだろう?」

「残念」

 俺たちは笑いながら首を振る。

 

「よし、ヒントを出そう。そうだナァ……」

 

 談笑をする俺たちの後ろで、一つ、音がした。

 

 

 

 バシャリ。

 

 

 

 波ではない。

 それとは違う、固形物が、意思をもって水面を叩く様な、音。

 

 その音の直後、俺たちと向かい合って座っている船頭の顔が、一気に恐怖に染まっていく。

「ア……アアア……!!」

 

 まさか。

 

 俺たちが身構え振り返ると、そこには煤だらけになりながらも

 こちらを睨み付ける、巨大な女性の上半身があった。

 

 スキュラ!

 まだ生きていたなんて!

 

「チィ! ご本人様登場なんてドッキリはいらねぇんだよ!!」

 

 言いながら、俺はゾッとする。

 まさか、この狭い船の上で、こんなバケモノと戦うハメになるなんて!

 足場も無ければ、逃げ場もない。

 どうする!?

 

 だが、俺はすぐに、そんな心配は杞憂だったと気が付いた。

 よく見ると、6本伸びていた犬の首は全てちぎれ飛び

 体はあちこち焼きただれ、再生もままなっていない。

 

 これはチャンスだ。

 俺は叫ぶ。

 

「2人とも、ヤツは死に体だ! ヤツを海の底に押し戻すぞ!!」

 

 

 

 とはいえ、どうする。足場は不安定。

 俺やシュットも飛び跳ねられないし、

 ベルゼのツヴァイなんか振り回そうものなら船ごとひっくり返りかねない。

 

 この状況で、奴を船から引きずり下ろす……

 

 

 

 こんな時には、アレしかない……!

 

 

 

「掌破だ! 気力を振り絞れ! ヤツを吹っ飛ばすぞ!!!」

「「「ハァァァァァァァァァァァ!!!」」」

 

 俺たちの3本の手が同時に光輝き、スキュラの体をうち貫く!

 首を失いボロボロのスキュラは、体に力が入らない。

 その巨体が、掌破の勢いにふわりと持ち上がり、そして--

 

 俺たちの手は、空に向かって勢いよく振りぬかれる!!

 

「「「吹っ飛べぇ! スマーーーーッシュ!!!」」」

 

 三人分の気功がエネルギーが、スキュラの腹で炸裂する!

 それはスキュラの重い体を、大人数人分飛ばし

 船の外へと振り落すことに成功した。

 

「やったわ!」

 ベルゼが喜びの声をあげ、スキュラの様子を確認しようと船から身を乗り出した。

 だが、その光景を見たベルゼの表情は、180度激変してしまう。

「……なっ!? 炎の玉!?」

 

 炎の玉!

 高位の魔術師が好んで使う高等呪文。

 炎の固まりを敵の頭上で炸裂させる……つまるところが、魔力の爆弾。

 その威力は、一撃で数十人の敵兵を消し炭に変えることができる。

 

 本来、こんな近距離で使っていい術じゃない。

 これでは術者まで黒焦げだ。

 

「死なばもろとも、ってワケ!?」

 だが、そんな事とはお構いなしに、スキュラは海の上の火の玉を

 見る見るうちに巨大なものに変えてゆく。

 

 あれがもし発動すれば、あのスキュラはもちろん

 俺たちもこの船も、一瞬にして消滅するだろう。

 それだけの魔力が溜まりつつあった。

 

 

 

 ……これしかねぇな。

 

「チッ。ガラじゃねぇんだけどな」

 

 俺は、懐から一つの革袋を取り出す。中身は、俺がこっそり頂戴した火薬だ。

 後から売って金にしようと考えていたが……

 

「スダン?」「スダン……?」

 

 ベルゼとシュットの声に、しかし時間が無い、俺は振り返らずに叫ぶ。

 

「親父さんにはツケのこと、謝っといてくれよな」

 

 

 

 俺は思い切り、船のヘリから踏み切る。一足に、スキュラの下へと。

 俺は右手の火薬を握りしめたまま、それを炎の玉の中へ振りかざす。

 

「くたばれ、化け物」

 

 革袋に火がつき、激しい光が俺とスキュラを包む。

 

 

 

「「スダァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!」」

 

 

 

 そんな絶叫が、遠くで聞こえた気がして……

 

 熱と光の渦の中で、俺の意識は途絶えた。

 

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 後日。

 

 

 

 私はいつものように一人、親父さんの作った朝食を食べる。

 ベーコンエッグ、サラダ、具たっぷりのスープ。

 みんながナイフとフォークで器用に食べるそれを、私は、

 自分で削りだした”ハシ”という、2本の棒状の食器でつまみ上げる。

 

 いつもは半分ほど残してしまうそれを、今日はしっかりとお腹に流し込む。

 

 食器をガチャガチャとならしながら仮設カウンターへと持っていくと

 宿の親父さんが、嬉しそうに笑った。

 

「おお、シュット。今日はえらく元気じゃないか」

 私はお皿を手渡しながら答える。

「きょうは、ベルゼと会う日だから」

 

 

 

 噂をすれば影、だ。

 宿の入り口が、勢いよく開く。

 

 そこには、ずっしりと重みにたわむ革袋を抱えたベルゼが立っていた。

 

「シュット! お待たせ」

 今日は、私達の清算会だ。

 

 

 

 私たちは、仮設カウンターのなるべく頑丈なところに腰をかける。

 ベルゼは、革袋をドンッとカウンターに置くと、シャツをパタパタさせて汗をぬぐった。

 この季節のリューンは朝と言えどもさわやかじゃない。

 

「ベルゼこそ、朝早くからお疲れ様」

 私が、セルフの樽から金属製のコップに水を一杯入れてくると、

 ベルゼはサンキューと笑う。

「お金持ちなんだから、宿に直接届けてくれればいいのにねぇ」

 そしてそのコップをグイット飲み干して続ける。

「でも、おかげで少し、色がついたわ」

 

 ベルゼが、革袋の上に手をかける。

 よく見ると、革袋は二つあり、その上には小さな指輪が乗っかっている。

 

「まずこっちが、依頼達成とゴースト討伐の1000sp」

 これだけでも太っ腹よねぇ、と言いながら、もう一つの袋を持ち上げる。

「で、こっちがスキュラ討伐の500spだって」

「この指輪は……?」

「それ、依頼人がくれたのよ。魔法の品みたいよ」

 

 そう言いながら、ベルゼは手に持った革袋を私へと差し出す。

 つまり、500spの入った革袋を。

 

 

 

 普通、6人がかりで依頼を達成して、700sp程度。

 ううん、全員分で500spって場合も少なくない。

 

 すくなくとも、一度の依頼で一人500spなんて、破格もいいところだろう。

 

 

 

「こ、こんなに……」

「アナタの正当な取り分よ。もらって頂戴」

「でも、私、二人の足を引っ張ってばっかりで……」

 

 ベルゼはそっと、私に笑いかける。

 

「アナタが居なければ、アタシたちがこうやって、宿に戻ることもなかったわ」

「で、でも……スダンが……」

「大丈夫よ! アイツなら、絶対、気にしてないに決まってる。だから、元気だして」

「……」

「それにアイツは……」

 言いかけた、ベルゼがふっと振り返る。

 

 

 

 ミシリ。ミシリ。

 宿の、木造の急な階段のたわむ音。

 引きずるようなその足音とともに、その人はやってきた……!

 

「ったく、勝手なコト言ってくれるぜ」

「「スダン!」」

 

 そう、あの日最後の最期まで、私達を助けてくれたその人、スダン=タートが。

 

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 スキュラの頭のような勢いで駆け寄ってくるシュットとベルゼに、俺はたじたじになる。

「スダン……寝たきりだって聞いてたから、私、私……」

 シュットの両目が、いつものように、涙で潤み始める。

「心配かけたな、シュット」

 俺がその頭に手を置くと、柔らかな髪がくしゃりと乱れた。

 実際のところ”寝たきり”だったのではなく、”寝て過ごしていた”だけなのだが

 噂と言うのはえてして、尾びれ背びれを付けて泳ぎ回るものらしい。

 

 だが、今回心配症だったのは、シュットだけではないらしい。

「もう起きて大丈夫なの?」

 いつになく不安そうな面持ちでこちらを見ているのは、ベルゼだ。

「ま、正直体中が痛ぇが、親父さんの頼みとあらばゴースト退治に行ける程度にはな」

「調子に乗るな」

 そう言ってベルゼは、俺の肩を小突いた。

 

 

 

 俺たちはカウンターにかけなおす。

 三人が並び座る姿をみて、親父さんが皿を拭きながら、満足そうに笑いかける。

「よく無事だったなぁ、お前ら」

「自分でもビックリするよ」

 

 俺は、シュットの首元を指さし、その指をベルゼの、そして俺の首元へとスライドさせる。

 そこにはそれぞれそこだけが炎に当てられたかのような火傷の痕が残っていた。

 

「シュットの、火除のタリスマン……この火傷と引き換えに、なくなっちゃってたのよね」

 ベルゼがその傷を抑えながら言う。

 親父が、不思議なことがあるもんだ、と呟いた。

 俺もそれに、深く頷く。

「まじないだとか、お守りだとか。あんまり信じる性質じゃあないんだが……今回ばかりは守られたぜ。

 おまえのおかげだ、シュット」

「私の……」

「ああ、ありがとうな」

 俺の言葉に、シュットは照れ臭そうに顔を赤らめる。

 そんな光景を、親父さんは目を細くして眺めているようにも思えた。

 

 

 

「よし、それじゃ改めて清算を……」

 俺が仕切りなおして清算会を再開しようとすると同時に

 宿の扉が大きく開く。

 

 そこからキンキンとした、下品な声が5つ飛んできた。

 

「オイ! 探したぜ、クサ子ォ!」

「あァ?」

 

 耳触りな声の主を、俺とベルゼが睨み付ける。

 だがチャラチャラとした衣装の5人は、俺たちになどお構いなしに、シュットを取り囲んだ。

 

 シュットは、青い顔をして呟く。

「み……んな……」

 

 ”みんな”とやらは続ける。

 

「オメェが来なかったせいでヨォ、折角の領主サマからの依頼に失敗しちまったじゃねぇか、どうしてくれんだよ」

「責任とれッス!」

「後釜に雇ったヤツは、ノリわりーし、トラップには引っかからねぇから退屈だし、仕舞にゃ途中で逃げやがったんだぜ」

「サイアクだったんだけどぉー」

「えなに? お金もらったんだー? 丁度いいからコレ分けよー」

 

 

 

「アンタたち……」

 立ち上がろうとするベルゼを制して俺は言う。

「なんだお前ら」

 想像以上に低い音が出る。

 

 チャラ男軍団は、俺の一言に大笑いをした。

「なんだテメー、俺たちを知らねぇのか!」

「ようし教えてやろう。俺たちは泣く子も黙る……!」

 

 そう言うと5人は、一本の垂れ幕を取り出すと、バタバタと音をたててそれを広げる。

 そこには、汚い字でこう書かれていた。

 

 

 

”レジェンド・ドラゴン”

 

 

 

「なっ!?」

 レジェンド・ドラゴン!

 数々の龍種や魔王を打ち取ったとされ、現在リューン最強の声すらある伝説のパーティ……!

 それが、こんなクズな連中だったなんて……

 

 だが、シュットは俺の袖を引っ張り呟く。

 

「……よく見て」

「……ん?」

 

 

 

 よく見ると、”レ”と”ジ”の間には、墨はねとしか思えないような小さなピリオドが打ってあり、

 エの文字は、小文字というには、ほんの一回り大きく書かれている。

 ……つまり。

 

「レ・ジエンド・ドラゴンじゃねーか!」

 自分たちのチーム名すらフェイクに使っているのかコイツらは!?

 とんだ小物連中だなオイ!?

 

 

 

 俺の突っ込みに、一人が不愉快そうに睨み付ける。

「なんだぁ、この不躾なおっさんは」

「あ、コイツあれだよ、スダンだよ。

 ゴブリン相手に逃げ帰ったっていう、マヌケの亀野郎!

 実在したんだ、やばっ、ウケる」

「あっちはベルゼじゃない? 依頼人殴って、報酬パーにしたバカ女!」

「うわ、しかも掌破とか使ってるんじゃないスか。マジ、パねぇんスけど」

「揃いもそろって、よくもマア似合いのオナカマを揃えたもんだ!」

「「「「「アハハハハ!!!」」」」」

 

 その言葉に、俺は静かに立ちあがた。

 

「……お前らがどんなにクズだろうが、他人をだまそうが知ったこっちゃない。

 だけど、そんなオマエらに、コイツは会いたいって言って、泣いたんだぞ。

 死にそうな目に会いながら、会いたいって泣いたんだぞ……!!」

 

 俺の言葉に、ジエンドの連中は爆笑する。

「や、ヤーベー、クサ子先輩、流石ッス!!」

「そ、そこまで情けないヤツだとは思わなかったわ」

「ダッサー!!!」

 

 ジエンドの連中は続ける。

 

「クサ子! 俺たちにはお前が必要なんだよ。お前みたいに全部のトラップに引っかかる、ドンくさい人柱がヨォ!」

「モタモタすんなよ! どうせオメェみたいなドンくさい奴は、うち以外のパーティでやっていけるワケがねぇんだからよぉー」

「クサ子ー、今日も笑わせてよぉー」

「「「「「クサ子! クサ子!!」」」」」

 

 

 

 宿を包むクサ子コールの中、俺はシュットに尋ねる。

 

「……シュット。本当にこいつらなのか。

 お前が一緒に冒険をしたいのは、本当にコイツらなのか……?」

「私……私は……」

 

 シュットは、迷いを断ち切るように全身の力を使って

 爆音のクサ子コールを掻き消すほどの勢いで叫ぶ!!

 

 

 

「私は……スダンと冒険がしたいッッッ!!!」

 

 

 

 その言葉を合図に、一番近くに居たジエンドの一人の顔面を

 俺とベルゼの拳が同時に振りぬいた。

「ぶべらっ!?」

 情けない声をあげ、その一人はテーブル席へと突っ込んでいく。

 

 

 

「決まりだな」

「その言葉、待ちくたびれたわ」

 

 突然の出来事に、ジエンドの連中に動揺が走る。

「な、なんだテメェら! 何しやがる!」

 俺は手の骨をゴキゴキと鳴らしながら答える。

「シュットはたった今から俺たちの仲間だ。

 仲間の受けた侮辱は……返させてもらう」

 

 

 

「り、リーダー……なんか、ヤバくない?」

「狼狽えるな!」

 リーダーと呼ばれたその男は、俺たちの前に半歩だけ出て

 引け腰になりながら、なんとか叫ぶ。

「お、お前ら! いいのかぁ? 俺たちには、貴族のお得意様までいるんだぜ!

 俺たちに手を出して、タダで済むと……」

 

 この期に及んでのざれ言に、俺とベルゼの沸点はとうの昔に過ぎ去っていた。

 

「「アァ?」」

「ヒッ!?」

 

 俺たちが一歩踏み出すと、その男は腰を抜かして、その場に落ちる。

 

「ゴチャゴチャ煩いわね、アンタ」

「俺たちはお前の言うバカ3人、底辺パーティだぜ?

 貴族がどうだ後ろ盾がどうだ、そんな話……知るワケがねぇだろうがよ!!!」

 

 

 

 次の瞬間、男は宿の壁を突き破り、大空の彼方に星となる。

 こうなって、ジエンドの残り4人は始めて、事態に気づいたのだろう。

「ち、ちがうんだ! 俺たちはリーダーの命令で……」

「ご、ごめんなさい、お許しを……」

 

 だがもう、言葉など俺たちの耳には入らない。

 俺はゆっくりとした口調で呟く。

 

「安心しろ。これは拳じゃない。

 お前らが散々バカにした……掌破なんだからヨォ!!」

「ノギィ!!」

 

 掌破を食らい、また一人が壁の向うへとぶっ飛んでいく。

 

 

 

「お、おい、お前ら、喧嘩は……」

 親父さんは止めに入ろうとして、しかしその言葉を飲み込んだ。

(ま、今回ばかりは大目にみてやるか。

 こうなるまで放っておくしかなかった、ワシの負い目もあるしな)

 

 そして、拭き終わった皿を一枚重ねる。

 

(壁の修理代はツケておくがな)

 

 

 

「ホラ、シュット、お前も来い!」

「……うん!」

「いくぜ!」

「「「破ァァァァァァァァァ!!!」」」

 

 

 

 こうしてその日、リューンの真昼の空を、5つの流星が流れたという。

 

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宿:米シック亭

パーティ:スダンの亀

依頼:アケロンの渡し

結果:成功(1500sp + 催眠の指輪)

 

 

 

ツケ:

スダン -4000sp(支度金)

ベルゼ -4000sp(カウンター修理費)

シュット -4000sp(壁修理費)

 

計 -12000sp