『居場所があることは、大事なことだ』
リューンの人々は、口々にそんなことを言う。
そして、私も、ほんとうにそう思う。
だから、居場所は守らねばならない。
「ハイッ! 宝箱はっけ~ん。ドン・クサ子先生、お願いシマース」
「オネガイシマース!」
ドン・クサ子。
私の名前じゃない。
でも、それに私は、返事をしなければならない。
「う、うぃーす……が、がんばりまーす!」
私は、目じり、上唇、頬の順に、流れるように笑顔を作る。
毎日毎日鏡を見て、ようやく出来るようになった、私の特技だ。
少しも不自然に見えないように、私は笑わなければならない。
「ヒュー!!」
「クサ子! クサ子!」
宝箱の前に立つ私に、周りからはクサ子コールが起きる。
「ドキドキ鑑定ターイム! さあ、先生、罠は?」
「……。あ、ありまーす……」
「イエーイ!!」
見つかる罠に、メンバーのテンションは上がってゆく。
「爆破! 爆破!!」
「ミミック! ミミック!!」
周囲のコールに、私の手が震えだす。
落ち着け私。落ち着けば、こんな罠、なんてことないはず。
中の仕掛けを確かめながら、細い針金で一つ一つトリガーを外してゆく。
どうやら、それほど複雑な構造でもないみたい。
(解除できそう……!)
あと少しで、解除が完了する……!
そう感じた時だった。
私は、周囲の冷めた目線を感じる。
何よりも恐ろしい、その目線を。
そして私は。
私は強引に、針金をトリガーにひっかけた。
飛び出す針が、掌を貫く。
「ぁっっ!!」
それを見て、パーティのメンバーに活気が戻る。
「ギャハハハハハハ!! ハイッ! クサ子先生のどんくさ、頂きました!!」
「マジやばい、ウケんだけど!」
笑い声と、罵声の嵐。
それを聞いて私は。
安心する。
私は守ったんんだ。
私の居場所を。
なぜなら居場所は、とても大切なものだから。
とても掛け替えのないものだから。
その大切なものを
私は守ったんだ!!
痛みをこらえ、もう一度笑顔をつくり、笑い返す。いつものように。
「クサ子、失敗しちゃいましたー……」
そのころには、もうメンバーの興味は、次へ移っている。いつものように。
「いやー、笑わせてもらいましたわー」
「中身は?」
「500sp」
「えー、シケてんじゃーん」
皆は雑に宝箱の中身を荷物袋に放り込むと、またダンジョンの中を歩きだす。
私は自分で、手に刺さった針を引き抜いて、彼らの後を追う。
その瞬間、景色がぐらりと揺らいだ。
どしゃっと、何かが倒れる。音。
ああ、倒れたとは、私だ。
なんてドンくさいんだろう。
「何やってんだクサ子! ドンくせぇな!」
「えへへ……」
そう笑って返事をして、必死に立ち上がろうとする。
それでも体は動かない。
麻痺針の毒だったんだろうか。
助けて。だれか。
「あー、お前ドンくさすぎ。もういいわ。勝手に帰っていいよ」
遠くから、仲間の声が飛ぶ。
「えー? じゃあ罠とかどうすんの。あたし人柱とかイヤなんだけど」
「あ、だったら自分やりますよ、”盗賊の手”もってるんで……」
遠ざかっていく仲間の声。
まって、まってみんな……
お願いだから……
私を、置いていかないでーーーーっっっ!!!
ランプの明かりが見えなくなる。
光の無い洞窟で、私は一人、気を失った。
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人生の選択肢は、常に無限に用意されている。
しかし、実際に取ることができる選択肢は、それほど多いとは言えない。
特にここ、リューンの闘技場に於いて、選択肢は限られているのだ。
俺とベルゼは、ホール入り口脇にある技能カードコーナーで、頭を悩ませていた。
「9択……いや、5択だったか」
(※娘さんはお使い。一緒に来て、別行動中。という設定)
ここ闘技場には実に様々なスキルが並んでいる。
しかし、それらの多くは、闘技場で観客を賑わすための、いわば”目立つ”技能なのだ。
実質、冒険者が実際の現場で利用して有効なスキルは、たったの9種類しかないと言われる。
その中でも、自分たちの身体能力や素養、経済状態などを加味すると
購入すべきスキルというのは自ずと絞られる。
(最終的に取得すべきは”双狼牙”だな)
双狼牙。
古の剣神が編み出したとされるこのスキルは、はるか昔より利用されたと言われる。
その神速の一撃は決して見切られることなく、肉ある敵を刻む。
リューン最強とすら言われる、誉高きスキルである。
しかし、それらの強烈なスキルは、使用者にそれなりの技量が求められる。
素人がカネを出したから、いきなり強くなれるほど、世の中はアマくないのである。
「実際使えるのは、この3種類だな」
そう言って、俺は三枚のスキルカードを手に取った。
一つ。居合斬り。実体の無い相手をも切り裂く、遠く東方より伝わったとされる剣技。冒険者の間で最もポピュラー。
二つ。穿鋼の突き。双狼牙を初級者にも扱えるようにしたもので、素早いその突きは高い命中精度を誇る。
三つ。薙ぎ倒し。力任せに敵全体を薙ぎ払う大技。格下相手であれば、これだけでも十分な破壊力がある。
「ベルゼはどう思う? やっぱりお前なら薙ぎ払いみたいなダイナミックなスキルの方が……」
俺が問いかけながら振り返ると、ベルゼは不服そうな表情で、ショーケースの別の棚をじっと見つめている。
「ねえ、スダン……どうして気功法の棚を見ないの」
この一言に、俺は咄嗟に目を逸らす。
ベルゼは続ける。
「錬硬気、錬軽気、錬気弾……ベテラン向けのスキルはまだ早いにしたって、『掌破』があるじゃない!
”幽霊にも効果あります! 高い命中精度! 初心者でも使えます!(返品不可)”ってポップもあるわ!
コレしかないわよ」
その言葉に俺は頭を抱えた。
「あのなぁ……」
掌破。
最初級技能の一つにして、リューンの汚点とも罵られる、いわくつきの技能である。
たしかに、お手軽な技能として、色々な機能を実現した、画期的な技能であり
スキルカードを沢山持ち歩けない、一人旅の僧侶などには好まれる、実戦向きの伝統ある技能である。
しかし、最近は技術の向上により、似たようなスキルにいわゆる「上位互換」に近い
技能が多数存在してしまっているのだ。
あえて掌破を選ぶ理由は、きわめて薄い。
宿の噂では、ワゴンセールで、正規価格600spのところを6spで売り出したが、結局売れなかっただとか
お祭りのくじ引きで、引き当てた子供がその場で捨てただとか。
あまりの売れなさに販売終了の噂が流れ、転売屋が買占めを行い、
結果その転売屋は自己破産申告を出したとか。
とにかくイメージのよくないスキルなのである。
「……てな理由で却下。ていうか、返品不可って時点で怪しいことに気づけ」
「スダンは使ったことがないからそんなコトが言えるのよ!
もしかしたらこれから!
何らかの地場の影響で、通常の攻撃が使えない洞窟!
特殊な施錠を施されていて、気功エネルギーでしか開けない宝箱!
致命傷を負いすぎて、もはや普通の回復技能では助けようのない旅人!
そんな胸アツな展開が、アタシたちを待っているかも-」
「ない」
俺はキッパリと言い放つ。
うん。ここは相談するだけムダだな。俺が一人で考えるしかないだろう。
有効な3枚のスキル。どれにするべきだろう。うーむ。
そんな俺の思考を妨害するかの如く、ベルゼはダダをこねる。
「うわースゴーイ! 今なら掌破半額ですって!」
「ほら見て!”掌破を使って、ボクにも彼女ができました”だって! スダンにぴったりなんじゃない!?」
「リューン新聞の占い欄、貴方のラッキースキルは掌破だって……」
はしゃぎ続けるベルゼに、ついに俺の堪忍袋の緒が切れる。
「うーっさいわい!! いい加減黙らないと、貴様をあげじゃがにすっぞ!!」
「ヒィ! ご、ゴメンナサイ……」
全く……。
しかし、ここにきたはいいが、俺たちの手持ちは900spしかなかった。
有効な3枚のスキルは、それぞれ1000sp。僅かに足りていない。
仕方がない、今日はガマンして帰って、もう100sp溜めてくるしかないだろう。
そう思ってスキルカードを店のおやじに返そうとすると、親父が迷惑そうな顔をする。
「おや? お客さん。返品はできないって書いてあるだろう。料金は返せないよ」
そう言い放った。
オイオイおやじ、何をボケたことを。
俺はまた何も買い物など--
言いかけて、不吉な予感に、俺は財布を手に取る。
明らかに軽い。
900spも入っているとは、到底思えないほどに。
中を開くと、そこには300sp程度しか残っていないように見える。
まさか。
俺がゆっくりと振り返ると、ベルゼは脂汗を流しながら、青い顔でガチガチと歯を鳴らしていた。
「だだだ、だって、掌破半額だって……」
「ベルゼッーーー!!!」
「ご、ごめんなさーい!!」
俺は宿までの間、二枚も増えてしまった掌破を振りかざしてベルゼを追い回した。
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「そーかそーか! それは災難だったなぁ! わははは」
俺の話を、宿の親父は、目に涙まで浮かべて大笑いする。
壊れたカウンターの代わりに引っ張りだしてきた細長いテーブルには、俺一人が座っている。
夕暮れ前。仕事上がりにはまだ早いこの時間、宿に残る冒険者は多くはない。
「冗談じゃねぇ。折角親父が、カウンター代の支払いは待ってくれるっていっても、これじゃ完済はいつになることやら……」
「お前の支度金もな」
うぅ……。
なんだか近頃、ツケばっかりが増えていく気がする……。
これじゃ、何のために冒険者やってるんだかわかりゃしないぞ。
「ま、元気出せよ」
ゴトリ、と、俺の前に、冷えたジョッキに金色に泡立つエールが一杯差し出される。
「頼んでないけど?」
「お前の話の代金さ」
親父さんはウィンクをすると、静かに皿を磨き始めた。
こういう所があるから、俺は宿を変えられないのだ。
半分になったグラスの淵に、見慣れない色が反射している。
振り向いてみると、そこには異国の衣装を着た少女が、8人掛けの席の端に、一人ぽつんと座っていた。
よく見ると、あちこち傷の跡が目立つ。
少女何をするでもなく、ただじっと、その席から窓の外を眺めていた。
「親父さん、あれ……」
俺の言葉に、親父はちらりと彼女の方を見て、作業に戻る。
「ああ、アイツはな。おいてけぼりを食らったのさ」
「おいてけぼり?」
奇妙な話だな、と俺は思った。
通常、パーティは多い方が安全度が増す。
役割分担もできるし、単純に手数が増える。敵の攻撃は分散する。
戦闘面では明らかに便利だし、荷物持ち、見張りの交代、怪我人の看病。
人手とは、それ自体が戦力なのだ。
(ま、人間嫌いの俺が言えたコトじゃないけど)
一年以上も一人で依頼をほそぼそやってきた俺が、何を言っているんだか、である。
しかし俺のように、単純に人間嫌いならば、元からパーティなど組まないはず。
”おいてけぼり”というのは、やはり妙な感じがする。
親父は静かに続ける。
「早い話が、イジメさ。あいつがトラップに引っかかるところ、仲間内で笑い者にしていたんだ。それがとうとう、飽きられたのか、見捨てられちまってな。別の冒険者に発見されなければ、今頃アイツはゴブリンの奴隷か、狼の餌か……」
胸糞の悪い話だ。
「しかし、それだけ扱いが酷いなら、見捨てられて幸いだろう。逃げちまえばいいのに」
「それは正論だが……。
罵倒を続けられるとな、そこから逃げたいという気持ちを忘れちまう。そして、いつか認めてもらいたいという気持ちが湧いてきて、離れられなくなる。そんな話を聞いたことがある」
ああ、あれか。
ダメ男に掴まった女が、それでも別れることができない。
幼いころから暴力に晒された子供は、親に反抗できない。
そういう類の話か。
「で、肝心の連中は」
「儲け話があるってんで、見舞いもせずにあぶく銭を拾っとる」
「そいつぁまた、闇の深い話で」
その話を聞いて、俺は思い出す。
そう。
冒険者など、基本的には”その程度”の連中なのだ。
こんな話、リューンには掃いて捨てるほどある。
俺は温くなったエールを飲み干して言う。
「親父、酒だ」
「暗い話は止めだ、ヤメ。なにかこう、パーッと景気のいい話はねぇのか」
「景気のいい話ねぇ……」
親父は手を止めて考える。
そして、おぉ、とわざとらしく閃いて続ける。
「そう言えば、商船の探索依頼が来てたなぁ」
「探索? 捜索じゃなくてか」
言い違えかと聞き返す俺に親父は軽く首を振る。
「探索だ。
何でも先日、難破したはずの商船が、ある海域で発見されたらしい。
まあ、船員はもう生きちゃいないだろうが、その遺品だけでも回収したいんだそうだ」
親父は続ける。
「運が良ければ、金塊や香辛料なんかが残ってるかもなぁ。なに、そもそもが難破した船だ。金の一本や二本は役得の範疇さ」
そう言って、ニヤリと笑って見せた。
「金塊!」
「バカ! 声がでけぇ」
そりゃあ、声のひとつもデカくなるさ。
金塊……!
願っても無い話だ。
「どうする、スダン。この依頼に興味があるのかね?」
なじみのこの台詞に、俺は勢いよく答える。
「当然だ。ベルゼを叩き起こして、荷造りをさせといてくれ。俺は依頼主に話を聞いてくる」
「船ごと沈むかも知れんくらいの覚悟はしておけよ。浮き泡代わりに、小タルでも貸してやろうか?」
「恩にきる!」
ようし、よしよし!
どうやら俺にも運が回ってきたらしい。
俺が飛び出し、閉めた扉の中から、ベルゼを呼びつける親人の声が響いている。
この依頼で、借金地獄からオサラバだ!!
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カウンターで、なにやら、話が盛り上がっている。
でも私には関係ない。
どうやら私は、見捨てられたようだ。
今日も、昨日も、先週も……
この席で待つけれど、迎は一向に来ない。
聞けばみんなは、山の向うで、一儲けしているという。
もう、帰ってはこないのだろうか。
もしみんなが帰って来なかったら、私、どうしたら……
「金塊!?」
「バカ! 声がでけぇ」
カウンターの男は、親父さんの話を熱心に聞いている。
金塊……。
みんな、本当にお金がだいすきで……。
私がもっとお金持ちなら
みんな、帰って来てくれるだろうか?
金塊……。
私も、それを手に入れれば、
きっと、みんな帰って来てくれるに違いない!
ついていこう、こっそりと、この人たちに。
そうすれば、金塊さえ手に入れれば……。
「浮き泡代わりに、小タルでも貸してやろうか?」
「恩にきる!」
聞こえる言葉に、反射的にあたりを見回す。
カウンターのすぐそばに、小さな空のタルが置いてある。
アレを、持っていくに違いない。
幸い親父さんは、ベルゼという名前を呼びながら、2階への階段を登っている。
私は音をたてぬようコッソリと、タルの中に忍び込んだ。
って、ダメだ!
私が入ったら、空のタルは空のタルでなくなってしまう。
蓋は閉めたけれど、持ち上げられたら、重さでばれちゃうじゃない!
どうしよう……
そうこうしているうちに、階段から2人、降りてくる音がする。
「親父さん、空ダルってどれー?」
「ああ、カウンターの横の奴だ。赤い印の」
「了解ー!」
次の瞬間、ゴトリと、私の入った樽が斜めに傾く。
ダメだ、見つかる……!
体が、ひょいと持ち上がる感覚。
……。
ところが、その後蓋を開けられることも無く、私入りのタルは、再びどこかに降ろされた。
外から声が聞こえる。
「よし、空ダルはオッケーっと。であとは……」
ウッソー!?
なんでこの人、気が付かないの!?
力が凄すぎて気づかないのか、よほど鈍感なのか。
でも、これはチャンスだ!
私はこっそり、大金持ちになってやるんだ。
私の居場所を、取り戻すために……!


