軽症でもバセドウは辛いのだぁ 10 ~卵巣チョコレート膿腫序章~ | 軽症でもバセドウは辛いのだぁ

軽症でもバセドウは辛いのだぁ

何だか最近体も頭も動かない。

そんな日々を過ごしていたある日、近所の小さな診療所に行ったら即検査されて甲状腺専門病院に行きなさいと言われた。

結果バセドウだった。

序章って続くんかぃっ(;^ω^)



さて、兎眼矯正術を受ける前に話はさかのぼりますが・・・。


もともと高校生の頃から子宮内膜症だと言われてた私は、生理のたびに強烈な生理痛と戦ってきました。


鎮痛剤は、切れた時が恐いので切れる前に飲むので4時間おきの服用。


ひどい時はボルタレンの座薬を使用。


寝起きは痛みで目覚め、枕元にセットしてある鎮痛剤を無我夢中で飲み、効くまでうめきもがきたおすという日々が何年も続いておりました。


出産すると楽になる


誰かに言われて信じていたけれど


たしかに長女出産後(産後1ヶ月から生理がありました)4ヶ月くらいは鎮痛剤を飲まずに済んだけど



半年後くらいから元の木阿弥・・・・。



授乳してたけど、おっぱいを飲まれると子宮が収縮するので生理中の授乳は辛かった。



産婦人科の先生も、おっぱいから出る薬の影響は微量だし、市販の鎮痛剤なら飲んでいいと言われて、鎮痛剤をまた再開。



産後1年半後。



生理痛でとうとう動けなくなった私は、緊急入院。


卵巣が腫れているということで入院して炎症をとめるために治療した。



そしてその後長男を出産し、これまた産後4ヶ月から生理が再開。



フル母乳なのに(長男は6ヶ月で保育園に行ったため断乳したが)なぜこんなに早く生理になるの?と常に疑問だった。





そして問題のこの日は、バセドウの検診の日だった。



2006/2/27、19:30頃いきなりドーンと下腹部に亀裂が入ったような痛みに襲われた。


朝から甲状腺の病院に行っており、朝主人に駅まで送ってもらい、帰りが19時過ぎるなら迎えにくるよと言ってくれたので(珍しく19時で仕事が終わる予定だった)、電車に弱い私は電車に酔ったので途中下車して主人を待つことにした。


18:20くらいだったし、中途半端な待ち時間。



暇つぶしにパチンコ屋で500円で当たりを引き、「キャー♪今日の私はついてるわぁ~♪」なんて思いながら遊んでました。



で、楽しく遊んでたら・・・。

チリチリチリ・・・と痛みが


あれ?お腹痛いかも?

と思ったその瞬間


ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ


ぎゅーーーーーーーーーーーーー

強烈な痛みが走り、主人にすぐに迎えに来てもらおうと携帯を手に取ると



充電切れ




Σ(□ ̄; )Σ(    ;)Σ( ; ̄□)Σ( ̄□ ̄;) ガガガガビーン!!!



とりあえず換金して出口で待ってたら迎えに来てくれるだろうと出口まで必死に歩いて、もう立ってもいられずしゃがみこんで待った。



でも、来る気配なし。



そらそうやよな。



当たってるっていうメールを最後に充電切れてるから迎えに来てと連絡するまで来てくれるはずがない。



でも歩けない。


でも来ない。



(当時)32歳にもなって泣きながらよたよた歩き、かなり怪しい顔つきと体勢で、痛みにより視界がかすみながらも駅まで行き、公衆電話で主人に電話。




このご時世、携帯の普及でホンマに公衆電話がない。



「もしもし。迎えに来て~!!(泣)」


「何してんねん!?(怒)」と主人。



とりあえずロータリーまで上がり、普通はタクシーを待つ人のためにあるベンチに座り、痛みで体が震え、涙はボロボロ。



タクシーの運転手さん達が慌てて飛んできて


「大丈夫か?救急車呼ぼか??」と。


「主人が来ます。ありがとうございます。」


と言い、二つ折れになって泣きながら信号を見続けた。



で、ようやく来てくれた車に必死に乗り込み、ボロカスに怒られながらも弁解する元気もなく携帯を充電しながらかかりつけの病院の婦長さんであり知人のKさんに電話。



前日に受診していた結果が出てて、Kさんは私の症状と検査結果が一致しない(つまり検査結果はそんなに緊急を要する症状が出るはずがない)ので首をかしげるばかり。


でも、私も必死で泣いてるし、とりあえず救急車を呼びなさいと言われたので自宅に着き救急車を呼んでもらった。



そして救急車の中で、あらゆる病院に断られ続け(初診の婦人科救急はほとんど受入がない)20分くらいかかりようやく見つかった搬送先が杭全神社の近く。



救急車の振動に何度も激痛が走り、まだ着かへんの?と首を上げて前を見ようとしたら隊員さんに「まだあと20分くらいかかりますよ。今まだ志紀です。」と(笑)



救急車の中での自分の血圧にびっくり。


135-98


私の通常


せいぜい90-75くらい


ひどい時は

75-35ってあったな。医者もびっくりの低血圧。



頭をよぎるのは卵巣茎捻転。


し、死ぬぅぅぅう。


ようやく着いてまっさきに導尿したら

950ccもありこれまたびっくり(笑)



医者に「一升瓶一本分くらいあるで」と(^-^;


結果、卵巣が6cm強腫れてるので即入院。


部屋に行き一瞬痛みが止まった。

そこにあったのは

まさしく


保健室のベッド!!

点滴は24時間のはずが輸液ポンプじゃない!!!

体温計は水銀!!!!

テレビなし!!!!!!

ライトでかっ!!!!!!!!



ちなみにこの病院、最近新築されたらしくホテル並みに綺麗で、エレベーターも広いしすごいのに。

ここか。


ここをケチったんかぁぁぁ。

と(笑)


でも、そんなことで痛みが綺麗に取れるわけもなく、柵もないベッドに着の身着のままスカートのままで寝転び、落ちやしないかとハラハラしながらようやく痛みが落ち着いたのが夜中の3時。


冷静になり、私がここに入院するわけにはいかん、ってか入院してたら気が狂う。


ということで、朝の検温の時から看護婦さんに直訴し、自己退院扱いで退院し、地元の柏原病院に行ってきました。


昨日、今日と検査三昧でようやく診断された名前が

子宮内膜症によるチョコレート膿腫破裂

でした。


MRIにはしっかりと5cmの膿腫を発見。


入院は遠慮してきましたが、やっぱりこれは癌化しやすいし、何より爆弾抱えて生きていくのは危険すぎる(また

いつ同じような破裂が起こるか分からない)ので、柏原病院の先生も、KクリニックのK婦長さん(心配して電話を何度も下さった。しかも先生に話をしてくれたりまで・・・。)もどちらも答えは「手術」だった。




追記:救急車で運ばれた先の院長先生はすごかった。ピカデリー梅田そっくりのおじいちゃんで、喋り方もかなりえらそう。

先生「流産は?」

私「一回、検査薬に反応が出て次の日に出血し病院に行ったら『流産したんかなぁ?』と言われたことが・・・」

先生「そんなんいらん。」

( ̄ェ ̄;) エッ?

先生「異常分娩は?」

私「・・・上の子の時に吸引分娩・・・」

先生「そんなん異常ちゃう」

私「・・・・・・・・」

先生「下の子の時は?」

私「・・・・・たいしたことは・・・。胎盤用手剥離したくらいです。」

先生「それはたいしたことある!」

( ̄◇ ̄;)エッ

き、基準が分からん(ー'`ー;)ムムッ

ピカデリーを知らない人はYoutubeでガキの使いでピカデリーを探してぜひ観てください。

私は知らんかって、主人にあとで言われて観たら、そっくりで笑い転げました。

顔も喋り方もそっくりな先生でした。



このあと、チョコレート膿腫には人生最大の痛みを投げつけられるのだが、それはまた数年後の話・・・。



次回~バセドウとチョコレート膿腫の因果関係~