『虎はねむらない』感想 その3 | 平井部

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平井和正ノンSF作品集『虎はねむらない』の個別感想。

 

今回ちょっと長いですが、一気にニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

『サノファビッチ』

 

 

これはある意味、この時期の和正を最もよく象徴する一作であり、最大の問題作であり、そして最も美しい(❗️)小説でもあります。

 

 

横須賀に生を受けた「おれ」と、彼に囚われている混血の少女ケイ

 

両者が交わし合う憎悪❗️❗️

 

恋人同士が愛の交歓を楽しむ様に、二人は剥き出しの憎悪と敵意を相手に放ち続ける。

 

「きっと今に殺してやるから」

 

執拗に繰り返される暴力と侮蔑の言葉に、ケイは屈辱にたぎりながら憎悪の言葉を呟きます。

 

 

 

ケイーー米軍兵士と「パン助」との間に産まれた混血の少女……。檻に入れられながらも決して屈服を肯んじない野生の狼みたいなギラギラ光る青灰色の瞳は、身震いしたくなるほど魅力的です。

 

 

初めに惹かれたのは、わしイチオシである木村市枝@幻魔大戦に通じる、虐げられた弱者の怒りと美しさを感じたからなのですが、この子どうもそれだけではない……。

 

オープニング、駅前広場を凶兆を孕んだケイが歩いてくるだけで、丸1ページが費やされるのですが、このシーンが素晴らしい。少女は印象的な赤毛であり、帯電しているみたいな破壊衝動を孕んでおり、対比的に登場する同年代の女子高生たちと別次元の存在であることが瞬時に理解できる。どこか、最強に美しい“黄金の少女” キム・アラーヤの伝説の登場シーンも連想させます。

 

 

彼女が纏う瞋恚(しんい)の炎は、不思議と既知の感覚をもたらし……。

 

 

そうか、香川千波❗️ そして、アンドロイドお雪、矢島絵理子、悪霊の女王アニマ、犬神の少女みなわ、そして犬神メイ……後に平井ワールドを彩ることになる「怒れる魔女」たちの萌芽が、彼女の裡にあるんだ❗️❗️

 

 

初期キャラクターに度々冠せられた「ケイ」という名を持つのも暗示的であり。

 

まさに「横須賀の悪霊の女王」❗️❗️

 

 

 

一方の「おれ」は、白人少年に対する傷害事件を起こし、故郷である横須賀を追放された過去を持ちます。

 

この「白人牧師の息子で、狩猟ナイフを持ち出して日本人の子を追い回す」という白人の兄弟は実在したらしく、後書き等でも何度か触れられています。

 

もしかしたら「おれ」とは裏返しの“ブラック平井和正”であり、狂的な喜悦を持って日本人をいたぶり続ける白人少年たちを刺殺してやりたいと、我が物顔で横須賀を闊歩する米兵たちを蹴り上げて一掃してやりたいと、幾度となく夢想していたのかも知れません。

 

 

 

ケイは、「この世のなにものにも替えがたく愛している」ナイフを「おれ」に握られているため、止むを得ず彼の支配下にあります。

 

ナイフに関する子細は描かれませんが、天の羽衣伝説を想わせる設定であり、どこか神話的な匂いもします。

 

 

 

ラスト近く、ついにナイフを取り戻したケイは、「おれ」を撲殺しようとした黒人ハーフの少年を殺害してまで、「おれ」を手の内にします。

 

「おまえはあたいのもんだ。もう逃さないよ」

 

復讐の思いに眼を燃え立たせるケイ。

 

 

総毛立つほどに美しい❗️❗️

 

 

これはもう「愛の裏返し」などという生やさしいものではなく、「純粋な剥き出しの憎悪」です。手負いの野獣が反撃に転ずる様に、容赦ない彼女の暴力は男に降り注ぐはずであり、そういった意味では二人はかけがえのないパートナーなのです。

 

 

なお、今作『サノファビッチ』と対をなす作品として、後年の名作『ストレンジ・ランデブー』を挙げたいのですが、長くなりすぎるので別に書きたいと思います。

 

 

 

 

『見知らぬ者に百合はない』

 

 

若者たちが翻弄された、60年安保という暗い時代背景をよく反映している作品。

 

愚連隊と呼ばれた集団から、さらに弾き出されたアウトローたちが引き起こす刑事誘拐事件。

 

優れた知性を持ちながらドロップアウトした存在である隆志、事件の主犯であり、大藪キャラさながらの物騒さを持つ美樹、少し頭は鈍いが怪力を備える黒人ハーフの少年ジョーという、三者が織りなす歪なトライアングル。

 

個人的に感情移入してしまうのが、それまで全く報われない人生を歩んできた販売員の少女で、事件に巻き込まれる形になる彼女が、隆志に対して抱く恋愛にも似た感情が切ない。

 

やるせない無残なエンディングは、若き平井和正が時代に対して抱いていた諦念を、そのまま示す様です。

 

 

 

なお後年、コミック『スパーダーマン』の「ストレンジャーズ」編において、今作の設定が転用されますが、個々人の葛藤はほとんど描かれないですし、エンディングも全く違うものになってます。まあスパイダーマン🕸介入したら変わってきますよねニコニコ

 

 

 

 

 

『憎しみの罠』

 

 

これも周五郎を想わせる「泣きの和正」の筆致が存分に楽しめる一品。

 

面白い❗️❗️

 

刑事である砧浩司は、ある悲劇をきっかけに、硬く心を閉ざす様になる。それは最愛の妻に対しても例外ではなく、夫婦は既に別居し、破綻も遠くない……。

 

静かに、深く絶望している、砧の心情描写が素晴らしく、しみじみ読ませます。

 

妻との別れのシーン。妻ははっきり手を差し伸べているのに、砧は頑なにそれを掴もうとしない。

 

“自分で張り巡らせた檻” をぼんやり意識しつつ、そこから抜け出すことができない砧。労苦に満ちた彼の人生の大元に、“檻” を構成する要素の一つとなったある秘密があり、そんな彼の鏡像的存在である青年と、深夜の街で出くわし……

 

自らが犯した “罪” に深く向き合う事となる、セツナミン満載のエンディング。

 

や~良い小説読んだ~笑い泣き って呟きたくなる、渋い輝きを放つ逸品です。

 

 

 

ちなみに、酒場の店員としてチコちゃんが登場します。アダルトウルフのチコちゃんと同じ娘かな?ニコニコ

 

 

 

 

 

『火刑』

 

珍しいシナリオ形式の一品。

 

庶民のささやかな幸せを呑み込んで肥え太る、企業の傲岸さと、大資本の冷酷さ。高度成長期の日本が抱えていた歪さが、よく表されています。

 

大資本の前での、法の無力さ……。

 

もしかしたら法学部である和正が実際に見聞きした案件を、下敷きにしているのかも知れません。

 

社会(と老人の妄執)の犠牲となり“火刑”に処せられる、運転手の青年、佐山の姿は、搾取され続ける庶民を象徴している様ですが、いやしかし、「良いお休みの機会じゃん♪」って気持ちを切り替えて、失業保険もらってブラブラして熱海に湯あみにでも行ってたら、最後の悲劇は避けられた訳で、「もっとしたたかに生き抜け❗️」という、生真面目すぎる同士たちに向ける和正の叱咤の気持ちも、ぼくは感じましたね。

 

 

 

 

次回まとめです