超犬リープ [SECOND] 23 | 平井部

平井部

平井和正愛好部

神社仏閣巡りレポ
& ほめほめ雑記

 

 

 

 

     9(承前)

 

「あなたなのね……。AIをプログラミングしたのも、ノーラを設計したのも、あなただったのね」

「ぼくのせいなんだ……」ディスプレイの灯りに照らされた白い顔を、ワタルは痛みに耐えるように曇らせる。

「ぼくにこんな能力さえなければ、父さんも母さんも、あんなことにはならなかったんだ……」

「ワタルくん……」

「ねえ、おねえさん、さっきの電子頭脳にぴったり収まる大きさの水晶ってないかな? なるべくクリアなやつ」

「あるわ。素材も形状も、全く同じに複製した、新しい電子頭脳が用意してある」

「じゃあ、それにレーザー刻印できる装置は?」

「大丈夫。かなり微細な刻印まで可能よ」

「いけるかもしれない。いや、きっといける」頬を紅潮させて、ワタルは呟く。

「二系統のプログラムをね、二重螺旋の形で、∞の字状に水晶の内部に刻印するんだ。水晶は同じリズムで振動を発してる。そこに微弱な電流を流し続けると、周囲に磁場が発生する。その磁場そのものに、意思や記憶を保存することができるんだ。リープを創った人、すごいよ。これを60年代の半ばに……」

 いきなり、全ての電源が落ちる。地下室であり、自分の手も見えない真の暗闇に一瞬パニックになりかかるが、ノーラが機転をきかせて頭部を電灯モードにしてくれる。

 実際には30秒ほどで復帰したようだが、もっと長く感じられた。まず電灯がつき、ブラックアウトしていたパソコン類も再起動される。

「トミー、何があったの?」

『ゆっきー、まずいことになってる。攻撃を受けてるよ』

「攻撃?」

『すぐ横の道路で、電気系統狂わせる強力な電磁波が放射された。うちは独自電源だからすぐに復帰できたけど、周囲50m以内はまだ停電中。そして周囲のバリアが消えた数十秒の間に、壁を超えて侵入者あり。もう一人、ゲートに車を回してロックを解こうとしてる』

 ディスプレイに、黒いコートを着た暗鬼のような杉村の姿が映し出される。

「あいつら……、強硬手段に出たわね……」由紀子が綺麗な眉をひそめてそう言う。

「ワタルくん、心配しないで。CIAの増援部隊がもうすぐ到着するはずだから。玄関、鋼鉄で補強してあるから、しばらくは……キャッ!!」

 崩れ落ちる由紀子を全身でキャッチし、注意深く床に下ろす。

「おねえさん、ごめんなさい……」苦悶の表情でそう呟くと、ワタルはスタンガンモードにしたメタトロンを、そっと作業台の上に置く。

「おねえさん……。おねえさんのしてくれたこと、全てに感謝します。縁もゆかりもないぼくを、今までかくまってくれてありがとう」

 メガネを外して右袖で涙を拭うと、ワタルは顔を上げ、ノーラの入ったリュックを背負う。

「トミー、リープのこと、頼むね」

『ワタルくん、行っちゃうの?』

「うん。これ以上、おねえさんに迷惑はかけられない」

『ゆっきー怒るよ。ゆっきー怒ったらほんと怖いんだよ』

「ごめんねって謝っといて」そう言ってクスッと笑うと、ワタルは宙吊りになったままのリープに向き合い、そっと首筋を撫でる。

「リープ、さよなら……。元気になるんだよ」

 その姿勢のままでしばらく、リープとの想い出を反芻していたワタルは、やがて顔を上げると、迷いのない足取りでラボを出て階段を上ってゆく。

 

 

 

 康夫が振り下ろした警棒が弾き飛ばされる。繰り出されるキックが康夫の腹部にのめり込む。地面で悶絶する康夫に、さらに強烈な蹴りを見舞おうと、黒衣の男杉村がにじり寄る。

「やめて!!」

 車寄せに姿を現したワタルが、杉村に向かって叫ぶ。

「お願いだからもうやめて! ぼくはもう逃げない。おじさんたちと一緒に行くから。ロボットもここにいる。全部渡す。だからみんなに危害を加えるのはもうやめて!!」

「うるせえこのガキ!」

 悪鬼の形相の杉村が、生身の左拳でワタルを殴りつける。頭全体がグワングワンするような痛みに、歯を食いしばって必死で耐える。

「取り引きできる立場か! 偉そうな口ききやがって! 何様のつもりだ?!」

「やめねえか、馬鹿!」

 暗色のバンから降り立った小男が声を上げる。

「怪我でもさせたらどうするつもりだ! これ以上失策を重ねたら、どうなるか分かってんだろう!」

 ゼエゼエと肩で息をする杉村を横目で睨みつけながら、小男は手際よくワタルを粘着テープで拘束し、ノーラと一緒に後部座席に放り込む。

 タイヤを軋ませて、暗色のバンは樹々の下の暗闇を走り抜けてゆく。