9(承前)
「あなたなのね……。AIをプログラミングしたのも、ノーラを設計したのも、あなただったのね」
「ぼくのせいなんだ……」ディスプレイの灯りに照らされた白い顔を、ワタルは痛みに耐えるように曇らせる。
「ぼくにこんな能力さえなければ、父さんも母さんも、あんなことにはならなかったんだ……」
「ワタルくん……」
「ねえ、おねえさん、さっきの電子頭脳にぴったり収まる大きさの水晶ってないかな? なるべくクリアなやつ」
「あるわ。素材も形状も、全く同じに複製した、新しい電子頭脳が用意してある」
「じゃあ、それにレーザー刻印できる装置は?」
「大丈夫。かなり微細な刻印まで可能よ」
「いけるかもしれない。いや、きっといける」頬を紅潮させて、ワタルは呟く。
「二系統のプログラムをね、二重螺旋の形で、∞の字状に水晶の内部に刻印するんだ。水晶は同じリズムで振動を発してる。そこに微弱な電流を流し続けると、周囲に磁場が発生する。その磁場そのものに、意思や記憶を保存することができるんだ。リープを創った人、すごいよ。これを60年代の半ばに……」
いきなり、全ての電源が落ちる。地下室であり、自分の手も見えない真の暗闇に一瞬パニックになりかかるが、ノーラが機転をきかせて頭部を電灯モードにしてくれる。
実際には30秒ほどで復帰したようだが、もっと長く感じられた。まず電灯がつき、ブラックアウトしていたパソコン類も再起動される。
「トミー、何があったの?」
『ゆっきー、まずいことになってる。攻撃を受けてるよ』
「攻撃?」
『すぐ横の道路で、電気系統狂わせる強力な電磁波が放射された。うちは独自電源だからすぐに復帰できたけど、周囲50m以内はまだ停電中。そして周囲のバリアが消えた数十秒の間に、壁を超えて侵入者あり。もう一人、ゲートに車を回してロックを解こうとしてる』
ディスプレイに、黒いコートを着た暗鬼のような杉村の姿が映し出される。
「あいつら……、強硬手段に出たわね……」由紀子が綺麗な眉をひそめてそう言う。
「ワタルくん、心配しないで。CIAの増援部隊がもうすぐ到着するはずだから。玄関、鋼鉄で補強してあるから、しばらくは……キャッ!!」
崩れ落ちる由紀子を全身でキャッチし、注意深く床に下ろす。
「おねえさん、ごめんなさい……」苦悶の表情でそう呟くと、ワタルはスタンガンモードにしたメタトロンを、そっと作業台の上に置く。
「おねえさん……。おねえさんのしてくれたこと、全てに感謝します。縁もゆかりもないぼくを、今までかくまってくれてありがとう」
メガネを外して右袖で涙を拭うと、ワタルは顔を上げ、ノーラの入ったリュックを背負う。
「トミー、リープのこと、頼むね」
『ワタルくん、行っちゃうの?』
「うん。これ以上、おねえさんに迷惑はかけられない」
『ゆっきー怒るよ。ゆっきー怒ったらほんと怖いんだよ』
「ごめんねって謝っといて」そう言ってクスッと笑うと、ワタルは宙吊りになったままのリープに向き合い、そっと首筋を撫でる。
「リープ、さよなら……。元気になるんだよ」
その姿勢のままでしばらく、リープとの想い出を反芻していたワタルは、やがて顔を上げると、迷いのない足取りでラボを出て階段を上ってゆく。
康夫が振り下ろした警棒が弾き飛ばされる。繰り出されるキックが康夫の腹部にのめり込む。地面で悶絶する康夫に、さらに強烈な蹴りを見舞おうと、黒衣の男杉村がにじり寄る。
「やめて!!」
車寄せに姿を現したワタルが、杉村に向かって叫ぶ。
「お願いだからもうやめて! ぼくはもう逃げない。おじさんたちと一緒に行くから。ロボットもここにいる。全部渡す。だからみんなに危害を加えるのはもうやめて!!」
「うるせえこのガキ!」
悪鬼の形相の杉村が、生身の左拳でワタルを殴りつける。頭全体がグワングワンするような痛みに、歯を食いしばって必死で耐える。
「取り引きできる立場か! 偉そうな口ききやがって! 何様のつもりだ?!」
「やめねえか、馬鹿!」
暗色のバンから降り立った小男が声を上げる。
「怪我でもさせたらどうするつもりだ! これ以上失策を重ねたら、どうなるか分かってんだろう!」
ゼエゼエと肩で息をする杉村を横目で睨みつけながら、小男は手際よくワタルを粘着テープで拘束し、ノーラと一緒に後部座席に放り込む。
タイヤを軋ませて、暗色のバンは樹々の下の暗闇を走り抜けてゆく。