超犬リープ [SECOND] 22 | 平井部

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平井和正愛好部

神社仏閣巡りレポ
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     9(承前)

 

「この台に寝かせて。気をつけてね」

「分かりました」

 由紀子の指示に従って、地下のラボに下りてきた康夫が、「んしょ!」っと気合を入れてから肩に担いでいたリープを作業台の上に寝かせる。

「にしても、なんて重い犬なんだ……。よっぽど良いもん食わしてもらってんのかよ」何度目かの感想を康夫はこぼす。

「すっかり冷たくなって、もう息もしてない。死んじまってるんですか?」

「やっちゃん、ありがとう。もう大丈夫よ」作業時にはいつも身につけている、ブカブカの白いツナギを着用した由紀子は、床にのたうつコード類を器用に避けながら、壁際のコンソールを次々オンにしてゆく。思念に集中して、大きな黒い瞳が、神事に向かう巫女の様な煌きを帯びはじめる。こうなると、もう周囲のことは目に入らないと分かっている。康夫はちょっと寂しそうに肩をすくめると、端末でどこかに連絡しながら足早に階段を上ってゆく。

 天井からビームが伸びて、リープのボディが脚を上にした状態で宙吊りになる。輪状のグリーンの光線が、鼻先から尻尾までゆっくりと通り抜ける。

「肩間接のジョイントがひどく変形してるけど、これはすぐに交換可能ね」ディスプレイに表示されるスキャン画像を見つめながら、由紀子が言う。

「うん、衝撃で、一時的にメインパワーがダウンしちゃっただけで、大きな問題はないみたい。ただね……」

「ただ?」

「肩の内側に装着してあった予備の電子頭脳が、破損しちゃってる。バックアップはしてるから作り直せるけど、ちょっと時間かかっちゃうね」そう話しながら、由紀子がタッチパネルに指示を入力すると、天井から数本のアームが伸びて、自動的にリープの修復作業に入る。

「ねえ、おねえさん……」アームによって被膜と前肢が取り外され、破損箇所が露わになるリープを見つめながら、ワタルが口を開く。

「リープの電子頭脳、ぼくに見せてくれないかな?」

「? メインの方ね? いいけど?」

 一瞬考えて、特に害はないだろうと判断したのか、由紀子はコンソール下部にある金属製の引き出しから透明なケースを取り出し、そっと作業台の上に置く。

「動かないから取り外してあるの。綺麗でしょ?」

 それは、青みがかった金属で作られていて、頭脳そのもののような丸い形状をしている。数カ所から、アンテナみたいな小さい突起が飛び出ている。

「当時は、この大きさに収まる記録媒体がなかったから、内部の別素材にプログラムが物理的に刻印されてるのよ」

「もしかして、水晶?」

「よく分かったわね。出来るだけスキャンしてみたんだけど、物理的に破損してる部分もあって、データ穴だらけでね、お手上げ状態。見てみる?」

 かなり欠損や、読み取りエラーの多い英数字の羅列が、ディスプレイを流れてゆく。

「欠損だけでなくって、どうしても意味の分からない言語が使われてるのよ……。まさか “失われた古代語” とかじゃないんだろうけれども」

「これ……似てる……」

「えっ?」

「ノーラの基本プログラムに似てる。うううん、根幹はほとんど同じだ。おねえさん、トミー借りるね」由紀子の返事を待たずに、ワタルはコンソール中央のキーボードに向かう。

「ハロー、トミー。今居るかな?」

『ハローワタルくん! 調子はどうよ?』

「ぼちぼち。ねえトミー、ノーラの基本プログラム、そっちにコピーしたいんだ。1テラほど場所空けてくれない?」

『そんなんで良いの? はい、いつでも良いよ』

「ノーラ、トミーにリンクして。許可するから」

「分かった」

 右手に立ち上がったディスプレイに、アップロードのパーセンテージが表示される。

「ねえトミー、このプログラムには特殊な言語が使ってある。対応コードと“図象”を得られる場所を指示するから、この“図象”をね、二次元画像ではなく“立体”として認識して欲しいんだ」

『立体なのね? 分かった。やってみる』

「次に、リープのプログラムだけど、英数字の羅列に二系統あるの分からない?」

『えっと、うん、あるね! 二つに分けるとしっくりおさまるね』

「その空白部分、ノーラのプログラムを基準に推測して、埋めていって欲しいんだ。どうしても分からない所はぼくに振って。この場で書き込んでゆくから」

 ちょうどポンという電子音が鳴り、アップロードが完了したことが分かる。

『了解! 面白くなってきた!』

「ワタルくん……」ピアニストのような滑らかな指使いで、キーボードを叩き続けるワタルを、後ろから眺めながら、由紀子が呟く。

「あなたなのね……。AIをプログラミングしたのも、ノーラを設計したのも、あなただったのね」