9(承前)
詰襟の制服に身を包んだ丈高い少年が、蟹男の分厚い背中に軽く右足を乗せ、不敵な笑みを浮かべて佇んでいる。
「隠れてるんだ。すぐに終わらせる」
「なんだお前は」想定外の事態の連続に、杉村の灰色がかった顔に焦りの色がにじむ。
「どけ。容赦しないぞ」
「右手はどうした、おっさん? 通勤電車に置き忘れてきたか?」
めりっと音を立てそうなほどに、杉村の顔が忿怒に醜く歪む。
唸りを上げて襲い来る銀色の拳を、少年は余裕をもってかわしてゆく。男の動きを観て、義肢のパワーは危険だが体技は大したことがないと、冷静に判断する。いつの間にか、右手に長さ20センチほどの鉄製の武具が握られている。丸みを帯びた棒状で、両先端が鋭く尖り、シンプルだが十分な殺傷能力がある。
怒りと焦りでオーバーアクションになり、男が体勢を崩した瞬間を見逃さず、少年は跳躍すると、身体を反転させて背後に回り込み、武具を男の延髄に叩き込む。
「ぅぐわっ!!」
叫び声を上げる男の左背後に降り立った少年を、間髪入れずに鋼鉄のラリアットが襲う。
「何っ!?」
すんでのところで両腕でガードし、男の攻撃を受けた少年は、数メートルも吹っ飛ばされ、ケヤキの幹に背中から激突する。
「いてててて。しくった……。あいつ、ボディも機械だったか」痺れる両手を振りながら、少年は呟く。
「社長!!」
小径の入り口に現れたCIAの康夫が駆け寄って来る。
不利を悟った杉村は、一瞬だけ逡巡を見せた後、苦虫を噛み潰した様な顔で学生服の少年を睨みつけてから、露出した右腕を隠す様にして走り去ってゆく。
「社長! 大丈夫すか?!」
「ああ、ちょっと油断した。それより、犬がやられた。すぐに由紀ねえの所に連れて行ってやってくれ。今日は家に居るはずだ」
「分かりました。姉さんとこっすね」
「おれはあいつを追っかける」
言下に、闘争のダメージなど全く感じさせない身ごなしで立ち上がると、風の様な疾さで小径を駆けてゆく。