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ゼルプスト殿下の事情

ご多分にもれず、わたくしにもいろいろな事情があって、ここに書けたり書けなかったりいたしますが、書けることは書きます。

今月に入って、赤摂也先生の『集合論入門』がちくま学芸文庫に収録され復刊されました。これは学部の3年生のころわたくしが集合論(基数と順序数の理論)を本格的に勉強した初めての教科書です。初版は1957年だそうですから、当時すでに出版後およそ30年を経た、いわば古典的テキストだったことになります。

当時ようやく森毅『無限集合』(共立出版,数学ワンポイント選書)を読み終えて,基数と順序数の理論をこれから本格的に勉強しようとしていたわたくしにとって、明晰で懇切丁寧な記述の本書はとてもありがたい手引きでした。ただ、最後近くの「整列可能定理」「ツォルンの補題」の証明はとても難しく感じました。その後およそ30年の修練を経て、おかげさまでこれらの証明くらいはソラで書けるようにもなりましたけど、その修練の出発点にあった本書が、こうして再び多くの人の目に触れるようになったのは、とても嬉しいです。

このたび著者ご自身が「文庫化に際して」という序文と「文庫版付記」という跋文を書いておられます。そこで強調されているのが、本書のような「古典的集合論」あるいは素朴集合論の教科書が現在もつであろう意義のことです。数学の基礎としての集合論は公理から演繹された体系として提示されなければならない。けれども、ではその公理的集合論が《何を研究するのか》ということは公理だけからは出てこないわけです。その「何を」の最初のものが、古典集合論の諸結果、すなわち基数と順序数の理論であり、

したがって、公理的集合論を勉強ないし研究しようという場合、古典的集合論の詳しい知識を欠くことはできない。多分できない。本書が現代でも十分存在意義のある所以である。さらに、本書の諸定理の証明が、公理的集合論でも十分通用するものであってみれば、読者諸氏にとって、これまた十分お役に立つはずだと思う。(「文庫化に際して」より)

この「公理的集合論でも十分通用する」というのは本当です。著者はもちろん、素朴集合論のマズイところも公理的集合論の展開も熟知したうえで、あえて公理化をせず、それでも、しかるべき手続を踏めば公理的集合論に移植できるように理論を展開しているのです。ですから公理的集合論を勉強する前に本書のような教科書で学んでおくことで「数学としての難しさ」を「形式的体系としての(論理学上の)難しさ」から切り離してひと足先に克服してしまえるのではないでしょうか。(結果論ですが、少なくともわたくしはそのように集合論を学んだわけです。)


なお、さきほど言いましたように、本書の初版は1957年。これはコーエンによる連続体仮説の独立性証明に先立つこと6年ということですから、当然ながら初版にはその結果は述べられていなかったのですが、増補版で書き加えられたのでしょう。手短に「連続体問題は解決不能であることが知られている」とだけ報告されています。


文庫化にあたって版はまったく新しく TeX で組み直され、図も描き直されています。おかげで、わたくしが最初に読んだときにも感じた「古めかしい」印象は払拭されています。紫タマネギの輪切りのカバーデザインもお洒落です。この本で集合論を勉強した人も、これから勉強する人も、ぜひ一度手にとってみてください。

集合論入門 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
¥1,260
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整数・有理数・実数までは中学校で、複素数は高校で学びます。高校の数学では「2次方程式に解をもたせるために場当たり的に虚数を導入した」というような扱いで登場する複素数ですが、扱い慣れてみると、とても自然なものです。複素数では加減乗除の演算が過不足なくできるだけでなく、すべての多項式が複素数の範囲で1次式の積に因数分解できます。ですから、数の体系は複素数をもって完結する、といってよいのです。

また微分・積分の理論も、対象領域を複素数まで広げて初めて整然たる美しい理論になります。その観点からは、複素数平面こそが、三角関数や指数関数といった初等関数の本来の棲みかと言えます。

そうした理論上の自然さ・美しさを別にしても、複素数は電気工学のいろいろの計算に広く応用されていますし、量子力学ともなると、複素数は基礎方程式のなかにしっかりと居場所を確保しており、
もはや計算のツールということに留まらない地位を確立しています。電気シェーバーのモーターが回って髭が剃れるのも、蛍光灯が光るのも、みんな複素数のおかげです。「みんなみんな複素数、複素数のおかげ♪」とか「あっかるーい複素数♪」とか、往年のCMソングの替え歌をうたう日々。

ところで、実数は「数の直線」をなす1次元の数であり、複素数は「数の平面」をなす2次元の数です。いっぽう、わたくしたちの住むこの空間は3次元です。そこで、2次元の数があるなら3次元の数はできないか、というのは誰でも思いつくところです(いや、「誰でも」かどうかはわかりませんが、少なくともわたくしは、複素平面というアイデアを知った1時間後にはそういうことを考えていました)。残念ながらそれは不可能なのですが、そのことをきちんと理解するには、専門的な数学を少しばかり深く勉強しなくてはなりません(「不可能の証明」というものは、いつだってそうです)。

3次元の数は作れません。ですが、(古典力学の美しい定式化でも知られる) 19世紀アイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンさん(1805-1865)は、そこであきらめず、4次元の数なら考えられることを発見しました。このハミルトンの数のことを、四元数あるいはクォータニオンとよびます。

理学部数学科ではハミルトンの四元数を扱う機会はむしろ稀なのですが、知らない間に、コンピュータグラフィクスの世界で四元数が必須の知識になっていたようです。なんでも、3次元グラフィクスで多用される回転操作を表現するのに適したデータ型として注目されているのだそうです。

回転操作はふつうは行列演算で考えますが、3次元空間に作用する行列は一般に9個の成分をもつのに、回転行列の自由度は3で、しかも3つの行列成分の組をどう選んでも、それらを独立変数と考えることができないのがやっかいです。それで、たとえば力学で角速度や角運動量を考えるときには、3つの成分からなる “軸性ベクトル” というものとして扱います。そのさいに活躍するのがベクトルの外積演算です。

ハミルトンの四元数は4つの成分をもつ数で、それがちょうど実数部分と3次元ベクトル部分をひと組にまとめた格好になっています。加減乗除の演算は、かけ算の交換法則
ab = ba
が必ずしも成立しないことを別にすれば、あとは実数や複素数と同様にできます。そして、ベクトルの内積と外積が四元数の積のなかに自然にとり込まれているのが応用上重要なのです。

さて、CGへの応用という観点から四元数を紹介してくれるのがこの本:

金谷一朗『3D‐CGプログラマーのためのクォータニオン入門―「ベクトル」「行列」「テンソル」「スピノール」との関係が分かる!』(工学社,I・O BOOKS, 2004年)

この本の特徴ですが、数学の本というより3D-CGの技術者にクォータニオンの演算規則と回転操作の表現法を解説することを目的としており、その工夫が数学者の目にはなによりとても新鮮に見えます。

実数、複素数、四元数のように加減乗除の演算がしかるべく定義された構造を数学では「体」と呼ぶのですが、本書ではこの専門用語を使わず、ある「データ型」に対して適用できる演算の「インターフェイス」が一定の条件をみたすならば、この「データ型」を「数」と認める、と説明されています。そして、演算規則をひととおり説明したあと、
C++言語で (標準ライブラリにない)「クォータニオン型」を実装するにはどうするか、という形で、全体を振り返ります。

数学的構造をデータ型とそのインターフェイスという言葉で説明するところが、わたくしには実に新鮮でした。これは形式言語とモデルとしての構造という数理論理学の考えかたに近いと思います。

クォータニオンがソフトウェア技術に応用されていることに驚き、著者の説明の工夫とに感じいった本です。
3D‐CGプログラマーのためのクォータニオン入門―「ベクトル」「行列」「テンソル」「スピノール.../工学社
¥2,415
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本日二度目のエントリです.

まだ iPad で少しやってみただけですが,アドベンチャーゲーム TENGAMIがとても美しいです.


古代日本の風景の中を,ポップアップ絵本のようなギミックを楽しみながら探訪していきます.なにか思いもかけぬ冒険が待っているようです.

こういう時代劇世界が好きなうちの子供らと一緒に,これからしばらく楽しみたいと思います.

iTunes Store でダウンロード購入できます.2014年2月25日現在,500円です.

https://itunes.apple.com/jp/app/tengami/id794960248?mt=8
薮から棒で申しわけないのですが,

(1) 宝くじというものは,買ったところでほぼ100パーセントの確率で外れるものです.
(2) ですから,宝くじが当った人はほぼ100パーセントの割合いで,買っていない人なのです.

この推論の論理的な誤りを指摘してください.

正月休みに買った英語の辞書のこと。

研究社の「ライトハウス英和辞典第6版」です。基本的には中学から高校までの学習用なんだけど、自分用にもう一冊買っちゃいました。

紙の辞書としては、三省堂「グランドコンサイス英和辞典」を持っています。なにしろ収録語数が多いことには、それなりに重宝していますが、基本的な語の意味を深く知るという目的には合わないみたいです。必要に応じて iPad 上の電子辞書:ロングマン英英辞典(いわゆるLDOCE---これについては後述)や、WordBook (Universal) - English Dictionary and Thesaurusや、EBPocketにコピーしたEPWING版研究社英和・和英中辞典、などなどを併用していました。(紙の辞書はいつでもどこへでも持って歩くというわけにいかないので、iPadやiPhoneにロングマンの辞書が入っているのはとても助かります。)

収録語数で勝負の「グランドコンサイス」にはありませんが、「ライトハウス英和辞典」のような学習用辞書には、必ず 基本語を表わす*印がついています。

ときどき、これに助けられることがあります。たとえば、数学用語としての initial segment という語句には「順序集合をある要素で切った下側の部分」というような意味があり、その意味を拾いあげてきちんと定義された数学的概念となっています。この数学的概念としては、これに「始切片」という訳語があてられています。

ところが、いま訳している本の原文には、この initial segment という語は、初出時にまったく定義なしに登場します。意図して無定義語として扱うという特別な場合を別にすれば、数学において定義なしに概念を展開させるのはほとんど禁忌とされているのですが、しかし今回に限っては、これはこの原書の欠陥ではないのです。

なぜそれがわかるかというと、学習用辞書で segment という言葉が上位 2,000語以内の基本語に認定されていたからです。つまり、著者はここで「始切片」という数学的概念についてのフォーマルな議論をしているのではなく、日常用語で読者にイメージを伝えようとしているわけです。考えてみれば、同じようなことは、同じ著者が singular という言葉を(regular の対義語として)定義なしに使用していたケースで経験済みです。ですからここでの initial segment は「始切片」ではなく、少なくともこの箇所では「最初のほうのひと区画」とでも訳すべき表現なのです。(まあ、ここでそう訳したら、フォーマルな「始切片」という訳語に切り替えるタイミングの見計いという難しい問題を抱えることにはなるんですけど。)

数学書を読むというのはどうしても論理の糸筋をたどることになりがちだし、それができれば一応は「読めた」ことになります。高校まで勉強嫌いだったわたくしは、数学論文を通じてしかマトモな英文を読んだことがないので、数学用語として見慣れた initial segment という語句を見たら、深く考えもせず「あ、これ《始切片》だ」とやってしまいがちです。語用論にも注意を払って、もうちょっと慎重にやらないといけないです。

そんなわけで、基本に戻って中学・高校の学習用辞書なのですが、この「ライトハウス英和辞典第6版」では、最重要基本語1,000語に***、それに次ぐ1,000語に**、それに次ぐ2,000語に*、次の3,000語に+と、重要語をランクづけして示しています。ですから、勉強中に辞書で調べた語に *** とか ** がついていたら、知らなかったら話にならないからこの機会にその項目の解説をしっかり読んでマスターする。*や+がついていたら、受験などに備えて覚えておく、という作戦が立てられるわけです。

巻末の文法解説も充実しています。英文法は、市販の参考書で勉強する前にこの付録の解説を通読しちゃいましょう。

というわけで、正月休みに妻の実家の近所のツタヤで買ったこの辞書は、これからの英語の勉強への期待に胸を弾ませている(ように見える)娘にプレゼントします。でもあげてしまうと自分が使えないので、自分用にもう一冊書いました。

ところで、iTunesのAppStoreで買ったiOS版電子辞書「ロングマン現代英英辞典」ですが、いつのまにか全面的にアップデートされて別アプリ(ロングマン現代英英辞典プラス)になっていたようです。旧版を購入していたユーザは、アップデート版を無料で利用できることになっているそうなのですが、さてどうなるか。これから試してみます。