本日午前中、無理数の連分数展開について考えている途中に
「x + 1/x が有理数になる無理数 x は存在するか」
という練習問題を思いつきました。これはそれほど難しくありません。 x + 1/x = 2p とおいたら x = p ± √(p^2 - 1) と形が決まってしまうので、p が有理数で p^2-1 が有理数の平方にならない場合にはこの式が所要の性質をもつ無理数 x を与えてくれます。たとえば p=2, 3, 4, ...の場合、そうなります。
そのあと、ついでのことに考えたのが、
x + 2/x と 2x - 1/x の両方が有理数
となるような無理数 x は存在するか
という問題で、これは「存在しない」が答えです。
以下の文章は、うちの数学科の学生さんたちだったらこの問題をどう解こうとするか、ということから始まって思ったことをツイッターで書いたもののまとめ直しです。4時限・5時限の演習の授業二連発の終了後、本当ならすぐにピアノ教室へ行かないと間に合わないのですが、つい出来心で連続ツイートしてしまいました。まとめ直しにあたってつまらない誤字やテニオハの間違いは直しました。
(1) 大学での線形代数の教程では数ベクトルや形式的な抽象ベクトル空間を扱うマトモな問題の演習で手一杯であり、さきほどの「x+2/x と 2x-1/x が共に有理数である無理数が存在するか」というような問題を出す余地がない。
(2) この問題は線形代数的手法(連立一次方程式の解法)によって簡単に解けるのだが、線形代数の授業には、このような瑣末な応用例が入り込む余地がほとんどないのが現状。
(3) 他の授業も同じような状況だとすると、生きた統一体としての数学の姿、あるいは「使えるものはなんでも使う」という実践的態度を、正課の授業だけから学ぶことは不可能、あるいは著しく困難になっていると判断される。先ほどの問題などはその一例にすぎない。
(4) 実際、4年生の秋になって卒業研究発表会の発表内容をまとめようという段階になってはじめて「いますっごい数学やってる気持ちするわー」という実感を漏らす学生さんを何人も見てきた。
(5) もちろん、そこに至るまでの正課の授業はなおざりにはできないのだが、さっき言ったように、どうしてもそれは数学をパーツごとに紹介するものになりがち。いわゆる群盲象を撫でるになりがちだ。
(6) 教員一同はもちろん、バラバラに解体される前の数学、生きた数学を知ってほしい。それで、たとえば愛媛の理学部数学科では、全学年授業のない毎週木曜4限に教員が持ち寄った問題を学生有志が好きに議論しつつ解くという「数学お茶会」というのをやっている。
(7) その試みがどういう効果をあらわすか、どう評価されるかは、まだこれからの話。参加者は教員も学生も楽しみのために集まっている。これを楽しめる学生は、きっと生きた数学をわれわれから受け取っていってくれるだろう。
(8) とはいえ、「数学お茶会」と、あと年一回企画される泊まりこみでひたすら数学をやる「数学科合宿」は、あくまで有志のための催しであり、その効果も限定されている。われわれの教育は、その他の学生たちのためのものでもある。
(9) 以上のような現状。解決の秘策などあろうはずもない。だが先週あたりから「集合と位相」の演習で「順序体としての実数の理論」に踏み込んでみて、このあたりの演習に力を入れるのはひとつの答えになりうるかもしれないと感じた。学生さんたちがどう思ったかはわからんが。
(10) この方向について、引き続きすこし考えてみたいと思う。 で、思わず熱弁っちゅうか熱ツイートしてしまってピアノに遅れそうだ。
帰宅後に思い返して少し補足したツイート:
(11) さっきの話を少しだけ蒸し返すと、順序体としての実数の理論に生きた有機体としての数学があるというインチキを述べているわけではなくて、実数なら実数という「具体的な」ものの成り立ちを考えるプロセスを体験してもらうことが良い効果をもたらすんじゃないかと思った、という話。
(12) 学生さんに言わせれば「具体的でも抽象的でも、わからんもんはわからん」で終わりかもしれん。
(13) 普段無意識に使っていて当たり前と見えている計算規則を少数の基本法則に還元する演習のあと「あなたがたは普段こうした操作を無意識的に超高速でやっているんです。ですからいま習っている“難しい”数学のいろいろも、いずれ必ず無意識に超高速にできるようになります」と本気で力説した。
言いたいことが先走っていて論旨が錯綜ないし飛躍してるところもありますが、まあ、このようなことを考えたわけです。ツイッターでは、日が経つうちにどこかにまぎれて消えてしまいそうなので、ここに書き残します。





















