テレビが、通常の体制に戻りつつある。いつまでも塞ぎ込んでても仕方ない、笑いや歌で笑顔を届けようっていう感じか。実際、アンパンマンの歌がラジオから聞こえてきて、被災地の子供たちがとても喜んだ…という話も聞いた。

笑いも励ましの言葉も、もちろんすごく大事で。実際、私も久々に大笑いしたり、なんか新しく力が湧いてきたりして。

でも私は、まだまだテレビを代表とするメディアは、その影響力の大きさを持て余してる気がする。被災地にいる人たちにとって、本当に役立つ情報を流す枠を考える余地があるんじゃないか。

各局が足並みそろえて、バカの一つ覚えみたいに一斉にバラエティー番組を流したり、おんなじような振り返りの報道したり。なんだろ?笑いも、振り返りも大事だし、私も見てて楽しんだり、心を痛めたり。でも今のこの状態、つまり電気もない、水もない、食べ物もない、そんな過酷な状況下にある人が実際にどこかに居る現在、今のままの編成では意味が放送とは思えない。

1日中、全局が同じようなことをやるのは、もったいないもったいない。まだ何かできる、絶対。テレビは、まだ出来ることをやってない。出来ることを探求もしないで通常体制に戻すのは、「笑顔を届けるべく」という最もらしい言い訳でラクしているようにしか思えない。そうじゃないと思うけどね。でも、少なくとも、今はまだ精神論を語ってる場合じゃない。

たとえば、番組スタッフが全ての避難所を回ってね、被災者一人ひとりの「自分は無事です」とか、「○○さん探してます」とか、生の声を撮影して、各局1時間ずつ流すとかね。事後に現場に乗り込んだリポーターの、ちょっと興奮気味のレポートを聞くより、ずっと意味がある。NHKでやってる文字の安否情報だけじゃ足りないし。避難所で張り出されている殴り書きの名前から、知り合いの無事を確認するのは至難の業でしょう。だったら、テレビやラジオにできるんじゃない?

そんなこと言ったって、安全面の規制とか編成とか、いろんなしがらみとかあってきっと簡単なことじゃないんだろうね。でも、サッカーのワールドカップの時みたく、各局が何かしら協力する形があっても良さそうじゃないか?もっと考えて考えて考えて考えて考えて考えて死ぬほど考えるべきで、これまで通りじゃいけないってこと。絶対何かできることがある。まだまだ考える余地がある。テレビの重要な役割は、情報を提供すること、笑いを提供すること、あとまだまだ可能性がある。テレビがもっと頑張らないと、みんなフワッとしちゃう、深刻だって分かってても薄れちゃう。テレビはそれぐらい大きな影響がある。もっと考える責任がある。電波がもったいない。