ヴァイオリンへの身体作り -2ページ目

楽器のサイズアップには、構えも見直そう

国際コンクールを目指している、小学生のレッスンでの出来事です。


最近、楽器がサイズアップし、それに合わせて弓も約20センチ長くなりました。
数字にすると「たった20センチ」ですが、成長途中の身体にとっては、まったく別の道具を手にしたような変化になります。


お母様から、
「弓の重さの問題でしょうか?
それとも身体の使い方でしょうか?」
とご相談をいただきました。

その時、私はすぐに思いました。
——これは、弓に“気”が通っていないな、と。

そこでレッスンは、少し意外に思われるかもしれませんが、居合の話から始めました。
木刀は、長くて重いほど、正しい身体の使い方ができていないと扱えません。

宮本武蔵と佐々木小次郎の話をしながら、
弓と同じ長さの棒を「刀」に見立て、外で100回、素振りをすることにしました。

いきなり外へは行かず、まずは室内で予習。
手刀を使って動きを確認すると、最初は腕の動きに身体が引っ張られ、前に倒れてしまいます。

「身体はまっすぐ。腰で受け止めよう」

そう声をかけると、少しずつ理解が進みました。
外に出て10回振っただけで、本人にもはっきり分かる変化が現れました。

10回ごとに休憩を入れながら続け、
50回を過ぎたところで伝えたのは、これだけです。

「振り下ろしたら、丹田で重さを受け止めるだけ」

その瞬間、すっと力が抜けました。
本当に感性の良い子だな、と感じます。

最後の10回では、お手合わせのイメージを。
刀の先は、常に相手の左目に向ける。
この感覚が、そのままヴァイオリンの運弓につながります。

実はこの子とは、私と「ヴァイオリン書道」も続けていて、もう半年ほどになります。
書道の影響か、脳がとても柔らかく、反応が速いのが印象的です。

100回終えてレッスン室に戻り、ヴァイオリンを弾いてもらいました。
軸は整いましたが、今度は顎と首に残る力みが気になります。

そこで、歯科医・西島明先生の
「金の力・銀の力」の施術を応用しました。
左手に金と銀のマークを書き入れ、顎・頸椎・頭蓋骨をゆるめていきます。

さらに、バランスクッションの上で
ヴァイオリン骨体操を行い、そのまま演奏。

すると……
音が、まるで別人。

芯があり、よく響き、
左手と右手のタイミングが自然に合い、
運弓も驚くほど安定しました。

いちばん驚いていたのは、本人でした。
「この弓で、こんな音が出たこと、なかったです」

後日、お母様から
「家で弾いても、別人のような音がしています」
というLINEをいただいたのも、印象に残っています。

子どもの成長期は、
楽器を変えるたびに、身体も感覚も、更新が必要です。

楽器が難しくなったのではなく、
身体が追いついたとき、音は自然に変わる。

そんなことを、改めて教えてもらったレッスンでした。


みのりてんデュオプロデュース ビーバー《ロザリオのソナタ》全曲演奏会を聴いて

ビーバー《ロザリオのソナタ》全曲演奏会を聴きました。





会場は大森復興教会。

この作品の大きな特徴は、
なんといっても 変則調弦 です。

三人のヴァイオリニストが、
それぞれ三挺ずつ楽器を持ち寄り、
合計九挺のヴァイオリンを曲ごとに持ち替えながら、
全曲を分担して演奏するという、
とても意欲的な企画でした。




会場に到着すると、受付で小さなプレゼントを渡されました。

それは、単語帳のような冊子。
一曲ごとに版画が添えられ、
その曲の調弦と演奏者が記されています。

私たちはその冊子をめくりながら、
ビーバーが指定した調弦によって生まれる
倍音の響きや、弦の張力の違いに耳を澄ませました。



終曲、
無伴奏のパッサカリアを弾いたのは、出口実祈さん。

演出により、
客席後方での演奏でした。
そのため、私たちは彼女の演奏姿を見ることはありませんでした。


けれど、会場の音響がとてもよく、
音がまるで上から降ってくるように感じられました。

副題「守護天使」そのもののように、
天使からのメッセージを
全身で受け取っているような感覚でした。


最後の和音は、
少し間を置いてからの ピアニシモ

音が消えたあと、
すぐに拍手は起こりませんでした。

会場は、しばらくのあいだ、静まり返っていました。

それは
「感動して言葉を失った」という沈黙とは、
少し違っていたように思います。

音楽がまだそこに在り続けていて、
誰もそれを壊したくなかった。
そんな沈黙でした。


やがて、
パラパラと拍手が起こり、
それは会場全体へと広がっていきました。

そして、とても長く続きました。

興奮の拍手というより、
深いところから現実へ戻ってくるための拍手
そんなふうに感じられました。



出口さんの演奏は、

とても印象に残っています。

まず、ヴァイオリンを首に挟まずに弾いていること。

首や肩に余分な緊張がなく、
呼吸が深い。
音が押されず、自然に前へ進んでいきます。

技術の問題というより、
身体の使い方、
音楽への向き合い方の違いが、
ロザリオのような作品では
そのまま音に表れるのだと思いました。


出口さんの演奏は、
語りかけるようで、音の方向性がとても明確。

肉厚でありながら、
音の大小のコントラストが非常に大きく、
ピアニシモや「間」のコントロールも卓越していました。

音を出していない時間にも、
音楽が流れている。

「広い世界に生きている人だな」
聴きながら、そんな言葉が自然に浮かびました。


私は以前、
ビーバーの《ロザリオのソナタ》を弾いたことがあります。

そのとき、
低弦は運命のようで、
上声は風のように感じられました。

だからこそ、
この日の沈黙や拍手は、
どこか他人事ではありませんでした。



ビーバーの音楽は、
奏者が何かを「表現する」ための音楽というより、
聴く側も含めて、
その場にいる全員が
「受け取る側」に立つ音楽なのだと思います。

最後のパッサカリアのあとに訪れた静寂は、
ビーバーのメッセージが
会場全体に、きちんと届いた証でした。

とても満足感のある、
そして、深く心に残る演奏会でした。






スラースタッカート攻略法

先日、たくさんの門下生を送り出してくださっている(有名な🤫)先生から、
とても嬉しいレッスンお礼のメールをいただきました。

「◯◯ちゃん、遠藤先生のお蔭で
スラースタッカートを驚異的に巧くさせて頂いて、感動しております!」
そして、
「他の門下生にも言いまくったから、また他の子もよろしくお願いします」と。

……ああ、そうそう。
彼女、スラースタッカートで悩んでいましたね。
思い出しました😊

でも実は、小学生の彼女がスラースタッカートができるようになったのは、
スラースタッカートを一生懸命練習したから、ではありません。

彼女には、ヴァイオリンとは別に
小筆の書道を始めてもらっていました。
月に2回、60分ずつ。
書いた作品を写真で送ってもらう、いわば「LINE書道」です。

3ヶ月ほど経った頃でしょうか。
筆跡が、明らかに変わってきたのです。
そのとき私は「これはチャンスだな」と感じました。

そこで、ヴァイオリンのレッスンにいらした際に、
腕の骨格と、その使い方を少しお伝えしただけ。
特別なテクニック練習は、ほとんどしていません。

ヴァイオリンの難易度の高いテクニックができないとき、
実は「練習しない方がいい」場合もあります。
なぜなら、その時点では脳がまだ“できない”と言っているからです。

小筆の書道をすると、脳が作り変わり、
手の使い方が変わり、集中力が高まります。
そうすると、満を持して「できる時」がやってくる。

教師は、そのタイミングを待ってあげた方が、
結果的にはずっと早い。
イライラもしないし、何よりお互いに得🉐‼️

そんなことを、あらためて実感した出来事でした。