渓の記憶 大蛇尾川遡行記 1998年 PART2 | hitotonoya73のブログ

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気ままな生活

 PART2  

 8月2日、曇り。

 
気象庁が梅雨明け宣言はしたもののいまにも空は泣き出しそうである。毎日はっきりしない天気が続き、谷
にいくべきか、否か、散々迷った末の午後3時、二人の息子を伴って家を出た。

 今回は7月23日に遡行を終えた第三堰堤上部に降り、谷にテントを張ってのビバークの予定なのだが、大蛇尾中流域はU字状の谷で広川原は皆無であると同時に、落石が多くビバーク適地は殆どないといって良い。

 

夜は大抵落石の音で眼が覚めるような場所であるから、細心の注意が必要である。だが第三堰堤上部に下るべく大蛇尾林道を走行中から、雲行きが怪しくなった。

大蛇尾林道は水線から優に200Mはある山腹を縫って走る林道である。その林道終点手前の落石の危険の無い空き地にテントを張った。案の定、夜半から大雨になった。あの鍋の底のような谷で夜を迎えていたなら、流れはともかく落石に肝を冷やしていたことだろう。

 

そのうちあまりにいい加減なフライの張り方だったものだから、下から浸水し始めた。 しぶしぶ外に出ると、満点の星が出たかと思うまもなく、強い雨に見舞われるような不思議な夜であった。

 8月3日 曇り。

 朝起きると青空が、と書きたいところであるが、あいにく曇りである。こう天気が悪いと第五堰堤の高巻きが危ぶまれるので、遡行するかどうか決心がつかない。大蛇尾川奥の二俣までで、今日が一番の難所をとおるからだ。


ホールドはあるがほぼ垂直の15Mの岩場を登らなければならないからだ。濡れた岩場は危険なのでパスしたいところである。意を決し、天気の回復を真じつつ (8:00)出発。

 標高差200M。樹林帯を抜け、草つきをトラバースし、最後に出てくる傾斜のきつい100Mあまりのガレ場を下る。途中長男が足を痛めたと言って顔をしかめた。今でこそ170cmは優に越えた長男であるが、小学四年の割には小柄な長男が履いているのは妻用のウエディングシューズでも大きすぎるのであろうか。湿布薬を張ってやると元気がでたらしい。
 
 眼下に清々しい流れが見えてくると、釣り人は元気が出る。林道から40分ほどで渓に降り立つ。この辺りは両岸が迫り、その圧縮された空を見上げると明るく、どうやら今日はなんとかもちそうである。これで心配の種がひとつへったのだが、心配ごとは、3日前に痛めた私の腰だけとなった。


 

    朝の挨拶に来たかじかか

 

  
         
 
                

          朝もやの渓をわたる

水際で汗をぬぐい、渓の水でのどを潤していると、カジカが挨拶に顔を出す。私が一息入れている間に子供達はすっかりカジカとコミニュケーションを済ませていたようだ。

 竿を出してまもなく、良型の山女魚も朝の挨拶に登場した。
「お父さん、どうする」と長男。そう聞いてくる所をみると、今日はキープし食べたいということなのだろう。二人は焚火を囲みながらの時間が大好きで、渓魚を焼きながら山の会話が進むのである。

 焼きガラシの渓魚は特に大好物なのであるが、親父から常日頃どんな命も大事なのだからと言い聞かされているので、最近はとんと口に入ることがなくなってしまったった。そんな訳でまず持ち帰ることはないので、谷でのキャンプのときだけ、焚火を囲みながら、各自一匹づつの渓魚を大事に食べるようになっていた。

 そんな兄貴の手の下を掻い潜り、次男坊はさっさと鉤を外し流れに戻してしまった。兄貴は弟を睨みつけたが、弟は動じなかったが、それには彼なりの理由があった。
 先日、渓を遡行の際、吊り下がった藤ツルでターザンごっこをした際、どうやら新米の小鳥が作った巣だったらしく、ツルをいじった影響で卵が落ちてしまった。割れた二つの卵を眼の前にして、揺すって遊んでいた次男は責任を感じてか、しばらく落ち込んでしまったのだった。



   (次男坊のテンカラでの釣果)


    
第五堰堤にて・良型岩魚 (小一・1998年))28cm          

栃木県内のある渓で(中ニ・2005年) 大岩魚43cm               

第四堰堤は、右岸の草つきを高巻く。堰堤上のプールに降り立つと、自然と気持ちが引き締まる。それはここから大滝までは、この谷で一番人が入らない核心部だからだ。それだけに先行者さえなければ良い一日が過ごせる。

 

 しかし身体の小さい息子達には快適な一日とはいかないだろう。というのは渓の水量が平水の1.5倍は越えていて、流れの強いゴーロやゴルジェでは二人が難渋するのは明らかだが、軽量の息子達はスクラム渡渉でなんとか渡りきっているようなので手を貸さずにいる。

 時折谷に日が差し込んで来るようになり、ひとまず安心で、この美渓で子供達と一日を満喫できそうだ。第五堰堤流れ出しで良型の岩魚が来た。丸々と太った雄である。私はどちらかといえば山女魚を釣りたいのだが、今日二匹目のこんな岩魚ならいつでも大歓迎だ。記念撮影をしてから堰堤の深みに戻っていった。


 「さあ、ここを登らないと堰堤はこせないよ」と声をかけて見上げたのは20M近い岩場。この垂壁には、危なげなトラロープが張られているが信用はできない。それより雨で濡れた岩にも注意が必要である。先に上ってザイルを出、ブーリン結びで体を縛らせ一人づつ慎重に登らせた。次男は顔をこわばらせ「ビビッタッゼ」と言って上がってきたが、私がシッカリ手をつかんでやるとニッコリと笑った。

  
             
岩壁を登る

これでこの谷の難所はクリアだと緊張感が抜けた途端、誰からともなく「腹減った」の声が!堰堤上河原で、昼飯にする。コッフェルで湯を沸かし、長男はレトルトおかゆ+牛丼。うまいうまいを連発。


「家でおかゆなんか喜んで食わないくせにと」カップ麺片手の弟にやじられるが「こういうところで喰うとなんでもうまいと、いつもいっているのはお前だろう」と意に関しない。ともあれ食事が美味しいことは良いことだと、ザック
の食料を漁る。 
 さてこの先の渓はこのたに一番の景観だ。しっかり食べて休み 13:30分に出発する。

                  

       暗いゴルジを 

       宝石のような渓水