最近の労働問題について考える

最近の労働問題について考える

昔から労働問題はありますが、最近の規制緩和などのにより労働問題も大きく変わってきています。こうした変質し複雑化した労働問題をテーマに検討していきたいと思います。

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阪急トラベルサポート事件というのは、格安旅行で競争が激化している旅行事業において行き過ぎた人件費削減にまつわる事件だ。

 阪急トラベルサポートの事業内容(旅行の添乗員派遣)から事業場外での労働になるために、事業場外みなし労働時間制を導入し残業代を合法的にカットしようとしたものである。

 会社としては、これが認められないとなると、競争の激化する添乗員派遣事業の継続が難しくなるために、お金と時間をかけて必死に争っているという状況だ。

 一方で、派遣添乗員からすると、詳細なスケジュールできっちり管理されており、労働時間の算定が難しい業務にあたらず、事業場外みなし労働時間制の適用は無効であり、残業代および付加金(罰金のようなもの)の支払いを求めている。

 阪急トラベルサポートではこれまで3件の訴訟があり、2件(いずれも1審)が事業場外みなし労働時間制は認められ、1件(2審)は認められていない状況だ。

以下に事業場外みなし労働時間制の3件の裁判の詳細を示す。

(派遣添乗員・第1)  2審(東京高裁) 勝訴

 派遣添乗員は派遣先の阪急交通公社から海外ツアーのパンフレット、最終日程表、指示書等を受領して添乗員業務を行っていた。

 そして、原則としてツアーの行程を変更することは許されず、阪急交通公社から受領する指示書(最終日程をさらに詳細にしたもの)は、行程に関する具体的な業務指示を記載した文書と認められること、ツアー終了後に行程管理状況を把握するために添乗員作成の報告書には各工程の詳細が記載されていること、報告書に信用性を疑わせる事情はないことがあげられた。

 

 以上から、判決は次のようになった。

 社会通念上、派遣業務は指示書により阪急交通社の具体的な指揮監督の下に行われるもので、控訴人(阪急トラベルサポート)は阪急交通社の指示による行程を記録した添乗員日誌の記載を補助的に利用して添乗員の労働時間を算定できることが認められ、添乗員業務はその労働時間を算定しがたい業務にあたらないと解するのが相当である。

 

(派遣添乗員・第2)  1審(東京地裁) 敗訴

 同一の会社での案件なので、状況は基本的に(派遣添乗員・第1)と同様である。

 自己申告により労働時間を算定できる場合であっても「労働時間を算定しがたいとき」に該当する場合がある。

 つまり、もし、自己申告により労働時間を算定できる場合を事業場外みなし労働時間制から排除すれば、事業場外労働において自己申告において労働時間を算定できない場合は想像できず、労働基準法が事業場外みなし労働時間制を許容した意味がなくなってしまうからだ。

 また、派遣乗務員は単独で業務を行っており、会社から貸与された携帯電話を所持していたものの、立ち回り先で必ず報告をしたり、会社から指示を仰ぐなど随時連絡をしていなかった。 さらに日程表は30分~1時間単位とおおまかなもので、現場の状況で予定を変更することもあったから、事業場において当日の業務の具体的な指示を受けたとしても評価できない。

 以上から、労働時間を算定しがたい業務に当たる業務と解するのが相当であるとされた。

(派遣添乗員・第3)  1審(東京地裁) 敗訴

 同一の会社での案件なので、状況は基本的に(派遣添乗員・第1)と同様である。

 本件の派遣業務については派遣先が日程表を作成し、添乗員に対して日程表に沿った旅行管理業務を行うように指示していることが認められるものの、各種交通機関(飛行機、鉄道、バス等)を利用して相当長距離にわたる移動を行い、複数のツアー参加者を帯同し、ツアー参加者を適宜誘導等しながら旅程を管理する業務の性質上、その労働時間を個別具体的に認定することは相当程度の困難がともなうものと言わざるをえない。

 また、使用者が労働時間を把握することの難易は重要な考慮要素になるとはいえ、「労働時間を算定しがたい時」という文言からしても、労働時間を把握することの可否自体(会社は携帯電話で確認することができたはずということ)によって事業場外みなし労働時間制の適用の有無を判断することは相当でない。

 そして、通信機器を利用するなどして、添乗員の動静を24時間把握することは客観的に可能であるとはいえ、添乗業務の内容・性質を鑑みると、このような労務管理は煩雑であり、現実的ではない。

 以上から、労働時間を算定しがたい業務に当たると解するのが相当である。

 事業場外みなし労働時間制を認めている判例(2番目と3番目の例)は、いずれも添乗員業務の内容・性質から予定時間が分からないのは当たり前という考えが根拠になっているようだ。

 2番目と3番目の判例は、自己申告は信用できないという前提があり、客観的に労働時間が確認できる方法(方法があっても使っていない場合も含む)がない限りは労働時間の算定は困難としている。

一方、1番目の事業場外みなし労働時間制を認めている判例では、詳細な自己申告(詳細な業務指示書があることが前提)があれば十分に労働時間の算定は可能と解釈している。

 

 私見だが、1番目の判例の通り労働時間の算定は可能と考える。

確かに、自己申告は信用できないので労働時間の算定は困難とする考えも理解できるが、これを理由に労働時間を算定する手段の1つを完全に抹殺するのは問題があると思う。

なぜなら、自己申告では信用できないというのは可能性の問題であって、本件とは別の問題であり、虚偽の自己申告の可能性があるなら、会社で調査して真実を明らかにすればよいだけだからだ。

 もともと、事業場内の普通の勤務にしても、会議等だと虚偽の申告をして労働時間が把握できない労働者は少なからずいるにもかかわらず、派遣添乗員のような事業場外の勤務だけ注視するのが不思議だ。

 

余談だが、常態的に残業しているにもかかわらず、事業場外みなし労働時間制を盾に残業代を払わないという問題が本質にあるのだが、2番目と3番目の裁判は「賃金が未払い」という問題は横に置いて、事業場外みなし労働時間制として認められるかどうかだけを審理していたように思われる。

事業場外みなし労働時間制の適用が認められるという判断もよいが、せめて、みなし労働時間が実態より短かく設定されていることなども言及してほしいものだ。





 昨今、労働時間ではなく「成果」にもとづき賃金決定できるように労働基準法等を改正する動きがある。

 企業側を代表する競争力会議と労働者側を守ろうとする厚労省の間で大きな意見の隔たりがあり、難航しているようだ。

 競争力会議の主張としては「生産性の向上のため成果で賃金を決める制度」を必要としている。

 つまり、「同じ仕事を短時間でこなす人より時間をかけてやる人の給料が高くなる」現行制度は生産性を下げているとし、ゆっくり時間をかけて仕事をやって賃金が増えること(生産性の低下)を防止する必要性を訴えているわけだ。

 その防止手段は、会社の優秀な社員を基準に成果賃金が決められ、当然残業代もでないしくみであり、確実に賃金をカットする手法である。 確かに人件費は削減できるが、これで生産性は向上するのだろうか?

 これを合法化しようとしているのが、ホワイトカラー・エグゼンプションなのである。

しかし、現実問題として、暇な会社ならともかく、忙しい会社では仕事に追われてゆっくり仕事をしている余裕などありはしない。 どうも、競争力会議の主張は、明らかに暇な会社で生活残業をしているような労働者を前提にしているようだ。

 元々、グローバル化の進む過酷な競争社会では社員の生活残業が許されるような余裕のある会社はそのままでは生き残れず、早晩消滅してしまうだろう。

 結果として、ホワイトカラー・エグゼンプションは、競争に生き残った会社の人件費をカットする手段として機能することになるだろう。

 

 ただ、確かに、効率の悪い労働者がいることは間違いなく、ホワイトカラー・エグゼンプションは正常に機能すれば生産性の向上に貢献する制度であることは間違いないと思われる。

ようするに、ホワイトカラー・エグゼンプションを適切に運用できれば何の問題もないのである。

しかし、これを適切に運用することは、非常に難しい。

一歩間違うと、日本全国の企業が合法的なブラック企業となってしまいかねない。

厚労省のほうでは、ホワイトカラー・エグゼンプションが悪用されるリスクを減らすために適用範囲を絞ろうとしている。

ホワイトカラー・エグゼンプションの適用範囲が拡大してしまうと、例えば、賃金低下→生活困窮→少子化加速→労働力人口減少→国力衰退→・・・という方向へ確実に進むわけで、単なる労働者保護の問題ではなく国家存亡の問題であるからだ。

 少し古い話になるが、㈱ノイズ研究所(神奈川県相模原市)の労働裁判は、降格・減給を伴う給与制度の変更が認められた国内初の裁判として有名である。



 この裁判は、会社が一方的に給与制度を年功序列型から成果主義型に変更したことにより賃金が低下したとして、減給された社員が減給分の支払いを求めた労働裁判である。

 事件の始まりは2001.4.1に会社は組合との団体交渉を拒否したまま就業規則を一方的に変更し、給与制度を年功序列型から成果主義型とし、結果として大幅な賃下げが強行された。

 しんぶん赤旗によれば、具体的には、一番賃金を下げられた比嘉さんの場合、成果主義の名のもとに主任から一般へ降格され月給341,800円から259,750円に減額された。

 会社に大きな損害を与える等の理由により懲戒処分を受けたのならわかるが、単なる賃金制度の変更(要するに会社の都合)により、急にこれだけ大幅に賃金を減額されれば以前と同じ生活をすることは困難であり、裁判を起こしてでも生活を守ろうとした気持ちは理解できる。



 判決は、次の通りだ。



 1審(横浜地裁川崎支部)判決 2004.2.26 勝訴



 判決理由:労働者の不利益の度合いが大きく、給与の変更は法的要件を満たさないと判断した。



2審(東京高裁)判決     2006.6.22 敗訴



  判決理由:労働者の不利益を考慮しても、成果主義への変更は高度な必要性があり、かつ合理性があると判断した。


 その後、原告は最高裁に上告したが、2008.3.28に最高裁は不受理決定し、判決が確定した。



 成果主義の高度な必要性と合理性の根拠は以下のとおりであり。


 a) 高度な必要性

 グローバル化が進み、競争が激化した経営状況の中で、成果主義は社員のモチベーションを高め、労働生産性を高めて競争力を強化する必要性があった。


 b) 合理性

 給与の原資総額を減少させるものではなく、配分をより合理的に(職務の重要性に応じて)配分しようとしたものである。

また、労働者側の不利益性についても、組合との団体交渉を行い円滑に変更しようとしていたこと、経過措置を設けることにより減給額の一部を補填していることを考慮しても、変更には合理性がある。




 私は、上記の判決理由に疑問を感じざるを得ない。


 成果主義には、その評価基準等の不明確性から問題が生じることが多く、労働者のモチベーション低下などの影響があり、必ずしも労働生産性を高めるとは言えないと考える。

 たとえば、労働者の能力に応じた仕事を与え、労働者の成果をきちんと評価している会社がどれくらいあるだろうか? 身の回りに優秀だが上司に嫌われる等、そのさじ加減で不合理な評価をされている従業員はいくらでもいる。

 合理性についても、給与原資をより合理的に(職務の重要性に応じて)配分しようとしたものとしているが、結局、配分の仕方(成果主義の評価基準)は会社が恣意的に決めるものであり、必ずしも客観的に合理的とはいえない。


 つまり、裁判所の最終的な判断は成果主義の制度だけをみて、その制度が正しく運用されることを前提として判断していると思われる。

 1審では、労働者の実際の不利益を鑑み、成果主義型の賃金制度が合理的に運用されていないと判断したのに対し、2審(及び最高裁)は企業の成果主義の導入を推進する観点からか、多少の労働者の不利益はやむをえないとしているように見える。


 私も成果主義を全面的に否定するものではないが、成果主義の名のもとに企業の恣意的な賃金設定により労働者を一方的に苦しめるものであってはならないと考えているだけだ。


 ちなみに、しんぶん赤旗によれば、会社のやり方に嫌気がさし、成果主義型の賃金制度の導入後の3年間にベテラン社員を中心に約2割の従業員が会社を去ったそうだ。





 少し前に、大手牛丼チェーンのすき家の閉店の問題が報道されていました。


 最初の感想としては、世の中の景気回復が進んですき家が営業を継続できないくらい繁盛しているのだと思いました。 いずれ、人手不足が解消されれば閉店問題は自然消滅する問題でしょう。


 しかし、よく考えると、ライバル点の松屋や吉野家が閉店しているという話は全く聞こえてきません。

 単純な景気回復による顧客の増大が原因なら、松屋や吉野家も同じような閉店の現象が起こってもふしぎではありません。


 こう考えると、すき家には特別な問題が起こっているのだというに気がつきました。

 さて、すき家では一体何が起こっているのでしょう。


 実は、すき家の労働環境の悪化の問題が本質にあり、人手不足に陥っているのようです。


 数年前に話題になりましたが、すき家ではパート・アルバイト社員と「業務委託契約」をしており、要するに直接雇用する社員ではなく、労働基準法が適用されない存在だったそうです。具体的には働かせ放題で残業代は払わなくていいということが合法的に行えるようになるわけです。

 会社の説明では、パート・アルバイトが自分たちの意思で自由にシフト等を決定しており、個別の指揮命令の下で働かせていないからということでした。

 しかし、常識的に考えて、低賃金で長時間労働を好んでやる人がいるはずもなく、会社の指揮命令の下で仕事していたことは明らかだと思われます。

 さすがに、こんなことを続けていたら、パート・アルバイトはどんどん退職していくわけで、今はもう「業務委託契約」の制度は消滅したようです。


 現在の人事制度は、基本的にパート・アルバイトの昇進制度に変わっていますが、大きな問題があるようで、実質的に長時間労働・低賃金の本質は何も変わっていないようです。

 すき家の場合、店長クラスでアルバイトの延長であるも契約社員であり、ある地域の全店舗を任されているエリアマネージャークラスになってようやく正社員にしなってそれなりの身分保障がしてもらえるようになります。

 つまり、契約社員としか評価されていない人が店を任されている責任を自覚して、店舗を閉店させないように会社のために必死で働いてくれるはずもないということです。


 また、大きな問題として、人手不足と人件費削減のために店舗に従業員が1人しかいない店舗が複数店あるそうです。

 こうした一人店舗において、その従業員が過労で倒れたら即閉店となるのは当然の結果でしょう。


 私が調べた限り、すき家の閉店の原因は過酷な労働条件による人手不足」ということのようです。

 確かに、4月の消費税増税でライバル店が値上げせざるを得ない状況の中で、すき家だけ値下げするということがなぜ実現可能なのか納得しました。

 

 まあ、業界一位のすき家ほどの経営手腕があれば、この難局を克服するものと信じていますが、どのような対策を打つのか非常に興味があります。