わたしに仕えるというのなら、その人はわたしに
ついて来なさい。わたしがいる所に、わたしに
仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、
父はその人に報いてくださいます。
(ヨハネの福音書12章26節)
この節の前後の文脈から主が語っておられることは、
主の前には十字架が待ち受けているということです。
主に仕えようとする者にとって、別のものはありえません。
「わたしについて来なさい」というのは、
主が拒まれたのと同じようになる、という呼びかけです。
「十字架を負って、わたしについて来なさい」(マタイ16:24)
というのは、主に従うすべての者に求められていることです。
主が拒まれたのと同じようになる、という呼びかけです。
「十字架を負って、わたしについて来なさい」(マタイ16:24)
というのは、主に従うすべての者に求められていることです。
今日御子が拒まれたように拒まれるなら、
かの日には御父の栄誉が保証されているのです。
-George Hall
かの日には御父の栄誉が保証されているのです。
-George Hall
Jesus calls us! By Thy mercies,
/イエスは私たちを呼んで下さっています
Saviour, may we hear Thy call;
/救い主よ あなたのあわれみのゆえに召しを聞かせてください
Give our hearts to Thy obedience,
/私たちの心があなたに従いますように
Serve and love Thee best of all.
/何よりもあなたに仕え あなたを愛しますように
-Mrs. C. F. Alexander
/イエスは私たちを呼んで下さっています
Saviour, may we hear Thy call;
/救い主よ あなたのあわれみのゆえに召しを聞かせてください
Give our hearts to Thy obedience,
/私たちの心があなたに従いますように
Serve and love Thee best of all.
/何よりもあなたに仕え あなたを愛しますように
-Mrs. C. F. Alexander