ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方である
イエスのことは見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、
栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、
神の恵みによって、すべての人のために味わわれたものです。
                     (ヘブル人への手紙2章9節)

この麗しい箇所で、私たちは主が勝利の冠を
受けておられるのを見ます。

主は御業を成し遂げ、私たちの救い、
すなわち義認と聖化を打ち立てられたのです。

カルバリは人となられた神が表されたものです。
それは人が神の栄光を分かち合うことが
できるためだったのです。
-Duncan Maxwell


Crown Him the Lord of life:/いのちの君に冠を捧げよ
who triumphed o'er the grave,/墓に対して勝利された方に
Who rose victorious in the strife,/戦いに勝利のうちによみがえられた方に
for those He came to save;/主が救うために来られた人すべてのゆえに
His glories now we sing,/今 私たちはこの方の栄光を賛美する
who died and rose on high,/死なれ高きに上げられた方を
Who died eternal life to bring/永遠のいのちをもたらすために死なれた方を
and lives that death may die./そして死が滅ぼされるために生きられる方を
-Matthew Brides