確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。
「キリストは肉において現れ、(後略)」
         (テモテへの手紙第一3章16節)

人間の知性は、キリストの神性と人としての性質を
少しとして結びつけることはできませんが、
私たちはそこに安らがなければなりません。

主の人間性と神性は分けられないものであり、
どのような理由があったとしても、その両者を
互いに分離させることはできません。

主は一度に、また同時に神であり、完全に人でした。
もし私たちが主を2つの部分、人と神に分けようとすると、
すぐに私たちは過ちの流砂に飲まれてしまうでしょう。

私たちはこのことを心に留めておかなければなりません。
すなわち、主は時間の中を歩んでおられた時でさえ、
「その力あるみことばによって万物を保っておられた」のです。
(ヘブル1:3)
-W. H. Burnett

But the high mysteries of His name,
 /主の御名という大きな奥義でさえ
The creatures' grasp transcend,
 /被造物の理解を超えている
The Father only, glorious claim,
 /御父だけが栄光ある主張をしておられる
The Son can comprehend.
 /御子は理解することができると
-Josiah Conder