それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、
こう言われます。(ヘブル人への手紙2章11節)

私たちの多くには、会うたびに「久しぶり」と
言い合う親戚がいます。
血縁関係があっても単に連絡しないのです。

それでは私たちと神の間のふちを考えてみましょう。
「私はあなたがたを知らない」(マタイ25:12)と、
「これらのわたしの兄弟たち」(同25:40)の間には
大きな隔たりがあります。
この裂け目にどうやって橋がかけられたのでしょうか。

神の聖さのいくらかでも知り、人の罪深さを知れば、
その両者の和解を成立させることができる誰かや、
何かがあるということは、理性的には考えられません。

しかしそこにキリストの十字架が立っているのです。
その十字架こそ私のような哀れな者を、主の永遠の好意という
温もりの中へと入れる永遠の架け橋なのです。

今日、私たちの礼拝が主を喜ばせますように。
-Rick Morse


This is the day the Lord hath made;/この日は主が造られた
He calls the hours His own;/主は時間をもご自分のものと呼ばれる
Let Heaven rejoice, let Earth be glad,/天よ 喜べ 地よ 喜べ
And praise surround the throne./御座に賛美をささげよ
-I. W.