感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。 「これはあなたがたのための、わたしのからだです。 わたしを覚えて、これを行いなさい。」 (コリント人への手紙第一11章24節)
何年も前、私は主の聖餐が自分にとって
どんな意味があるのか自問しました。
そして私は次のようなことを記しました。
主の聖餐とは:
キリストのお心の現われである(Ⅰコリ11:24,25)。
キリストの死を覚えるものである(同26節)。
キリストが霊においてそこにおられることを
認識するものである(マタイ18:20)。
私の望みが新しくされるところである(Ⅰコリ11:26)。
自分には継続してきよめが必要であることを
思い起こさせられるところである(同28節)。
キリストが主であること、教会がひとつであること、
そしてすべての真のクリスチャンが祭司であることを
認識するところである(Ⅰコリ10:16,17、Ⅰペテ2:5,9,10、黙示録1:5,6)。
-W. Ross Rainey
キリストのお心の現われである(Ⅰコリ11:24,25)。
キリストの死を覚えるものである(同26節)。
キリストが霊においてそこにおられることを
認識するものである(マタイ18:20)。
私の望みが新しくされるところである(Ⅰコリ11:26)。
自分には継続してきよめが必要であることを
思い起こさせられるところである(同28節)。
キリストが主であること、教会がひとつであること、
そしてすべての真のクリスチャンが祭司であることを
認識するところである(Ⅰコリ10:16,17、Ⅰペテ2:5,9,10、黙示録1:5,6)。
-W. Ross Rainey
Here, in the broken bread and wine, we hear Thee say, "Remember me!
/裂かれたパンと杯のうちに 私たちはあなたが語られるのを聞きます
I gave my life to ransom thine, I bore the wrath to set thee free."
/「わたしを覚えなさい!わたしはあなたを贖うためにいのちを与えた
あなたを自由にするために怒りを負ったのだ」と
-J. G. Deck
/裂かれたパンと杯のうちに 私たちはあなたが語られるのを聞きます
I gave my life to ransom thine, I bore the wrath to set thee free."
/「わたしを覚えなさい!わたしはあなたを贖うためにいのちを与えた
あなたを自由にするために怒りを負ったのだ」と
-J. G. Deck