私は倒れても起き上がり、 やみの中にすわっていても、 主が私の光であるからだ。 (ミカ書7章8節)
この箇所は「もし倒れるなら」ではなく、「倒れても」と書かれています。
私たちは日々、罪を尾かな際で歩もうと努力しなければなりません。
このことには疑問をはさむ余地がありません。
しかし、主はご自身の民が歩みの中でつまずき、
倒れるであろうことをご存知で、備えを終えられたのです。
ですから、私たちは続けて起き上がることができるのです。
キリストが私たちの義だからです。
倒れるであろうことをご存知で、備えを終えられたのです。
ですから、私たちは続けて起き上がることができるのです。
キリストが私たちの義だからです。
私たちは自分の良いところの上に立つのではありません。
この箇所は確信を持って語っています。
主は転倒した私を起こして下さいます。
主は私のやみのうえに光を差して下さいます。
この箇所は確信を持って語っています。
主は転倒した私を起こして下さいます。
主は私のやみのうえに光を差して下さいます。
主は、今日、そうされるのです!
-Baylor Crawford
-Baylor Crawford
Thine is the heart our griefs to feel,
/私たちの悲しみを感じるのはあなたの心です
And Thine the love each wound to heal;
/すべての傷をいやしてくださるのはあなたの愛です
Home Thou art gone for us to care,
/あなたは私たちを手当てするため家を離れられ
Returning soon to take us there.
/まもなく私たちをそこへ連れていくために戻られました
-John Newton
/私たちの悲しみを感じるのはあなたの心です
And Thine the love each wound to heal;
/すべての傷をいやしてくださるのはあなたの愛です
Home Thou art gone for us to care,
/あなたは私たちを手当てするため家を離れられ
Returning soon to take us there.
/まもなく私たちをそこへ連れていくために戻られました
-John Newton