人々はイエスのために、そこに晩餐を用意した。そしてマルタは
給仕していた。ラザロは、イエスとともに食卓に着いている
人々の中に混じっていた。マリヤは、非常に高価な、純粋なナルドの
香油三百グラムを取って、イエスの足に塗り、彼女の髪の毛で
イエスの足をぬぐった。家は香油のかおりでいっぱいになった。
                    (ヨハネの福音書12章2-3節)

ここでヨハネは、主に近づいた者たちの三つの姿勢について示しています。
奉仕している姿、食卓についている姿、そしてひざまずいている姿です。

その注目の的はイエス、彼らの指導者であり、主であられる方でした。
私たちは注目の的となるのは死から戻ってきて、全く生きているラザロだろう、
と考えてしまうかもしれません。

しかしその主の介入がなければ、奉仕する望みもなければ、
復活のいのちもなく、主の御前に座る能力もありません。
そしてもちろん主を礼拝のうちにほめたたえることもありません。

主はすべてのすべてなるお方です。
そのお方が、私たちも奉仕し、食卓に着き、
礼拝のうちに主の御足もとにひざまずく動機となりますように。
-Drew Craig


More about Jesus would I know, more of His grace to others show,
/もっと主をより深く知り もっと主の恵みを他の人たちに示せますように
More of His saving fullness see, more of His love who died for me.
/もっと主の救いの完全さを もっと私の為に死んでくださった主の愛を見ることが出来ますように
-Hewitt