私は、あの人には罪を認めません。
        (ヨハネの福音書18章38節)
あの人に何の罪も見られないということを(後略)
             (同19章4節)
私はこの人には罪を認めません。(同19章6節)
だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。
           (ルカの福音書23章41節)
この方はまことに神の子であった。
          (マタイの福音書27章54節)

たしかにこの方は「正しい方」でした。(ルカ23:47)

ここに、主を取り巻く輪には入ってなかった人たちの、
それぞれの証が3つあります。
政治家であったピラト、軍人であった百人隊長、
そして名の知れた犯罪人であった強盗です。

しかし、社会的にも道徳的にも遠く離れていたにも関わらず、
彼らはみな一つのことに同意していました。
すなわち、主イエスに罪がないという点です。
敵であっても、主の内に一つとして
誤りを認めることができなかったのです。

あぁ、その通り。
主イエスは、「きよく、悪も汚れもなく、
罪人から離れ」られた方です。(ヘブル7:26)
-W. H. Burnett


But spotless innocent and pure, the great Redeemer stood,
 /しかししみなく罪なく きよい方 大いなる贖い主が立っておられた
No stain of sin did e'er defile, the Holy Lamb of God.
 /罪のしみがけがすことのできない きよい神の小羊が
-Issac Watts